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7「プルプル、ワタシ悪い悪魔憑きじゃないよ」

バチが当たったんだろうな、と思う。

俺は沢山の人の命を奪ったから、こうやって理不尽にむごたらしく殺されるのだ。だからかわいそうなのは俺ではなく、モモと……この女だ。

沢山の命を背負って生きる事の苦しさを、俺は知っている。どんなに嬉しいときも、どんなに楽しい時も、いつも頭の隅には罪の意識があって、それが幸せな瞬間に小さな影を作るのだ。

名前も知らない女よ、これからあんたも色々大変だろうが、いい感じに頑張って幸せになってくれ。

「…………」

なんだかいつまで経っても死なない。それに、押さえつけられていたはずの両肩に掛かっていた力が、いつの間にか消えていた。

おそるおそるまぶたを開いてみる。綺麗な月が見えた。

「グゥゥ……」

横を見ると、女が頭を抱えて丸くなっていた。

「俺を食わないのか……?」

返事があるはずもないと知っていながら、つい聞いてしまった。

「来るなって言っただろうが、このポンコツめッ……」

こちらを向くと、彼女はかすれた声で言った。

「意識が戻ったんだな!?」

「長くは、もたない。もう一度だけ言う。失せろ……」

彼女の顔が苦しげにゆがむ。肩を貸そうと手を差し伸べると、彼女が無造作に右腕を振るった。手の甲を切り付けられ、血が噴き出す。

「次は殺す」

女は刃をこちらに突き付け、殺気のこもった眼で睨んできた。見つめ返すと、瞳の奥に深い闇が見えた。人を殺したのは、これが初めてじゃないのかもな。あまりに恐ろしすぎて、一周回って怖くない気さえする。よし、死んでみよう。

「噓つけ。ずっと俺を殺さないようにしてるくせに」

茶化すように言いながら俺が一歩踏み込むと、ついに彼女が爆発した。

「いいか、魔物なんかどこにもいない!私が殺した、そして食った!」

「ああ、さっき気付いた」

「ならどうして逃げないんだよ、馬鹿ッ!」

「まだあんたを助けられるからだ!『悪魔憑き』なんだろ。俺もそうなんだ、だからオド欠乏症の治療法も知ってる!」

突き付けられていた剣が下がる。俺の言葉に、彼女は動揺したようだった。その隙を突いて腕を取り、肩で彼女の体を持ち上げる。驚くほど軽かった。これなら背負えそうだ。

「何してる……」

「町まであんたを運ぶ。オブシディアの薬を持ち出せれば、あんたを助けられる」

「人殺しだぞ、私は……」

「死んだら、罪も償えない」

彼女は大人しく背負われてくれた。

「変なヤツ……」

「よく言われるよ」

小さな声で、彼女が笑った。

・・・・・・・・・・・・・・・・・

「……敵しか殺したくないから」

しばらく黙っていた女が、急に呟いた。

「ん?」

まだ町まではかなりある。すでに俺の脚は震え始めている。

「なんで食わないんだって、お前が」

「……ああ、聞いたっけな。じゃ、あのラコニア兵はあんたの敵だったのか。でも、あんたもラコニア人だろ?」

「色々あってね……」

「色々って?」

返事はなかった。

「あんた、名前は」

「ルツ。ルツ・エレイソン。女神の無力な子羊さ」

「俺はエン。大魔導士イサクの子、エン・ドゥだ」

「そう……」

駄目だ。こいつ、会話を続ける気がない。諦めて黙って歩く。そうやってまたしばらく進んでいくと、彼女がうなり始めた。

「おい、大丈夫か」

「大丈夫じゃないが、お前を食わせてもらえばもうしばらくもつ」

「……小指くらいならいいぞ」

「馬鹿、冗談だ……」

「笑えないからやめてくれ。でも冗談が言える余裕があるなら、まだしばらくは大丈夫だな」

だが、彼女の容体は急速に悪くなっていった。彼女のうめきはますます苦し気になり、俺の体にしがみつく腕に、痛いほどの力が込められる。

「ガァアァ……!グルゥゥゥ……」

「……ッ、おい、暴れるな!しっかりしろ!」

俺の首筋に噛みついた女は、すんでのところで正気を取り戻し、大人しくなった。そうしてしばらくの間、ふいごのような息をしていた。

「ここまで、だな……」

「頑張れ!もう少しで町に着く」

「うるさい……。これまで死ぬほど頑張ってきたんだよ。もう疲れた……」

「治療が終わってから好きなだけ休め!だから今だけは頑張れ!生きるんだ、ルツ!!」

女はぶつぶつと何かを囁き始めた。

「女神様、お貸し頂いた……断つ……お許しください。心優しき彼に……お与えください……」

言い終わるが早いか、ぐじゅり、と嫌な音がした。彼女の体から力が抜け、腕がだらりと下がる。驚いて肩越しに振り向くと、彼女の首からショートソードの柄が生えていた。

「くそぉッ!」

あっという間のことで、止める間もなかった。背中から彼女の体がずり落ち、鈍い音を立てて地面に当たった。

「諦めない……絶対に……!」

もう一度、彼女を背負う。ぐにゃぐにゃになったその体は滑りやすく、ひどく重くなったように感じた。俺はただ無心で進み続けた。木の根につまずいて転んでも、すぐに起き上がった。体力はとっくに底をついていた。それでも気力を振り絞って一歩ずつ体を前に進めた。町にたどり着くころには月も沈み、辺りは真っ暗になっていた。家のベッドに横たえた彼女の体は、もう冷たくなっていた。

彼女が死んでしまったことは明らかだった。それでも俺は、少しも諦めようという気にならなかった。何故かは自分でも分からない……同じ、『悪魔憑き』だからだろうか。

失われた命を蘇らせるには、死んでからできるだけ早くに、とても高度な奇跡を掛ける必要がある。魔術都市であるソフィアには、昔から教会を軽んじる風潮があった。復活の奇跡が使えるような高位の聖職者は、この街にいない。

「そうだ!女神の涙……あの復活の秘薬なら……!」

昔、イサク爺さんが自慢げに見せてくれたそれを思い出す。稀代の魔術師でありながら、爺さんは信仰にもあつかった。その長年の敬虔な信仰(それと莫大な寄付)が認められ、ある時教会から、液体の入った小瓶が送られてきた。女神が地上を去る時に流したという、聖遺物だ。それを飲ませれば、失われた死者の魂を呼び戻すことさえもできるのだと、爺さんは言っていた。子供の頃の俺は、そんなことがあるはずがない、と思ったものだが……今は藁にでも縋りたい。

「絶対、助けてやるからな」

彼女はまるで眠っているように見えた。よし、と呟き気合を入れて、俺はオブシディアへ向かった。

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