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5「髪は死んだ」

「モモ――ッ!!」

立ち上がり、叫び、走る。

「次元のはざまに呑まれて消えろ!ブラックホォォォッ!?」

例え詠唱が終わったとしても、まだ魔法を止めるチャンスはある。詠唱によって特定の流れと目的を持ったマナは、術者が術式名を発声することで初めて魔法として発動するのだ。俺に口上を邪魔されたモモは、不完全な形で魔法を発動させた。

モモによって開かれた異次元への入り口は、真っ黒な球の形をしていた。それは辺りの大気を吸い込み、乾いた風切り音を立てながら進んだ。モモの手を離れモリガンの頭上を通り抜けると、その時に奴の側頭部と後頭部に残った髪の毛を根こそぎ吸い取り、研究室の壁にぶつかった。凄まじい衝撃と破壊音が響き、石壁の破片が煙のように舞い上がって何も見えなくなる。

「うわああああああああっ!!髪は死んだああああああ!!」

モリガンの悲鳴と、走り去っていく音が聞こえた。今にも天井が崩れ落ちて、俺たちは潰されてしまうのではないかと思った。モモを守れるように、覆いかぶさるようにして強く抱いていた。うまく息ができず、俺たちはめちゃくちゃに咳をした。

しばらくして石煙が落ち着き、視界が晴れる。石粉まみれになったモモのローブが見えた。

「怪我は?」

「だいじょぶ……お兄ちゃんは?」

「無病息災……」

振り向き、異次元の入り口が直撃した方を見る。壁がきれいにぶち抜かれ、研究室が通路と一続きになってしまっていた。

「ッぶねええええええ……」

一気に体の力が抜け、その場に尻もちをつく。惚れ薬(仮)の中身がたまたま魔法による状態異常を解除できる解呪薬でなかったら、モリガンの命は存在ごと異次元へ消し飛ばされていただろう。

モモは両手の指で唇を触りながら、頬を真っ赤にして俺を見た。

「ひ、酷いよお兄ちゃん……急に、あんな……っ」

「口を塞ぐだけじゃなくて、動揺させて魔力を乱す必要があったからな。あれしか思いつかなかった。というか、嫌だったのか?モモの事だから、俺にキスされたら小躍りして喜ぶもんだと思ってたんだが」

「嫌じゃないけど……ないんだけどっ!心の準備とか、雰囲気とか、するまでの過程とか、色々あるでしょっ……。もう、最悪……こんなのがお兄ちゃんとの初めてなんて……」

「とりあえずお互いの初めてを交換し合えたと、前向きに捉えたらいいんじゃないか。俺からしたら、気が重いけど」

「えっ、お兄ちゃんも……って、気が重い?どういうことよ!?お兄ちゃん、私の事が嫌いなの?」

「好きだよ。でも愛とか恋とか分からんし」

「大体、どうして止めたのよ!あいつ、お兄ちゃんの敵なのに」

「確かに嫌な奴だけど、殺されるほど悪いことはしてないだろ」

「下手したら私だけじゃなくて、お兄ちゃんまで巻き込まれてたかもしれないのよ」

「でも、みんな助かったろ?」

「…………」

「どうしても納得できないなら、こう考えてくれ。モモ、俺はあんなくだらない奴の為に、お前を人殺しにしたくなかったんだ。だからどうか許してほしい。俺のことも、モリガンのことも」

「むぅ~~……。頭上げて、お兄ちゃん。被害者のお兄ちゃんにそんなこと言われたら、私、もう許すしかなくなっちゃうよ」

「いい子だ。よし、んじゃあ人が来る前に、さっさとずらかるか」

「了解」

二人揃って走り出す。廊下に出ると、音を聞いて集まってきたのか、ぶっ壊れた壁を見て呆然としている生徒と教師が何人かいた。

(見たか、あの間抜け面?)

(見た見た。傑作ね)

言葉はいらなかった。走り続けながら俺たちはただ目を見合わせて、悪ガキのように笑いあった。

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