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4「タコハゲ、襲来」

「あっ、そうだ!ねえねえお兄ちゃん、私、またお兄ちゃんの魔法が見たい!」

「俺の……?いや、面白いもんでもないだろ、見たって」

「ちょっと待っててね、いい試料を用意してあるの!」

さっきまで涙目だったのに、急に元気になったな……まあ、切り替えが早いのは良いことだ。

「あったあった。ほらおにーちゃん、寝てないでこっち来てー!」

「へいへい……」

起き上がってモモのもとへ向かう。彼女が指さす机の上に、薄緑色にぼんやりと光る、握りこぶしくらいの大きさの石があった。

「これは?」

「ふふん、なにかしらね?」

モモはなぜか得意気に笑っている。手に取ってみると、それは思いがけないほど軽く、また光を通すようだった。

「フロライト、じゃないな、軽すぎる。色味からしてサルファーでもアンバーでもない。まさか……マナストーンか?」

「すごいでしょう?」

「超すごいぞ!こんな貴重なもの、どうやって手に入れたんだ?」

「裏の森に、お兄ちゃんが魔術の練習に使ってる、開けた場所があるでしょ?あそこで見つけたの」

「本当か?ここら辺一帯にあるマナストーンは、探知魔法を使ってとっくの昔に掘りつくされてるはずだが。……モモ、無駄遣いしたなら正直に言うんだ」

「違うわよ!私も最初に見付けた時は驚いたんだから!多分だけど、これ……お兄ちゃんがあの場所に集めたマナが、結晶化したのなんじゃないかって思う」

「人工的にマナストーンが生まれるなんて、聞いたことないが……あの場所で何年も魔法を使ってきたし、ありえない事じゃない、のか?」

「それ自体がマナの塊なんだから当たり前だけど、マナストーンって新しいマナを流すときの抵抗がほとんどないらしいの。だからお兄ちゃんの魔法に使うのにピッタリだと思って」

「そりゃそうだろうが……さすがに、もったいないどころの話じゃないぞ。この石のひとかけらでもあれば、ビギナーの魔術師でもモモ並みの魔法が打てる」

「それでも、作ってほしいものがあるの。いいじゃない、私が拾ったものなんだから、どう使おうと私の勝手でしょ?」

俺の魔法……。何年勉強してもレベル1の魔術すら習得できなかった俺が操れる、ただ一つの魔法。

「……一体、何を彫ってほしいんだ?」

物質に無理やりマナを流し込み、破裂させる。

それは、笑ってしまうほど平凡な、壊す、という行為だった。

「んんん~~はいこれっ!」

小さな手鏡を渡される。鏡自体が高級なものだと言えばそうなんだが、別段、何か特別なもののようには見えない。

「これ、って言われても、鏡だが」

「かっこいい顔が見えるでしょ?」

「…………。嘘だろ……」

「ほんと」

「お前の顔じゃ駄目か……?」

「何おかしなこと言ってるの?なんで自分の顔を持ち歩かなきゃいけないのよ」

「俺の顔も持ち歩くなよ。術に集中できる気がしない……」

「ぐちぐち言ってないで、さっさと始める!」

「はぁ……くそ、分かったよ……」

彫刻するのは好きなはずなんだが……こんなに気が乗らないのは初めてだ。

目をつむり、魔力を制御するための魔方陣を構築していく。俺を中心として、一重に、二重に、三重に……決して焦ることなく、ゆっくりと、着実に。

「お兄ちゃんの陣を見るのも久しぶりね。なんだか、懐かしい」

「俺の魔術はのろいから、じれったくならないか」

「そんなことないわ。とても丁寧で、無駄がなくて、綺麗」

「褒め過ぎだ。妹のひいき目だな」

「そんなこと言って、ほんとは嬉しい癖に」

当たり前だ。自分の魔術を褒められて嬉しくない魔術師がいるものか。

『万物に宿る精霊よ 我が力を納めたまえ 悠久の女神よ 我らを試みに引きたまわざれ』

仕上げの詠唱の完了と同時に、描き終えた六重の魔方陣がほのかな光を帯びながら、ゆっくりと回り出す。

「綺麗……私、やっぱりお兄ちゃんの魔術が好き」

「褒めても何も出ないぞ」

などと言いつつ、すっかりやる気にさせられている俺だった。

机の上のマナストーンに右手をかざし、軽くマナを流し込んでみる。小さな音を立てて、石の端が弾け飛んだ。

「うわ、凄いな。本当に全然抵抗がない。削り過ぎないように気を付けないと」

「隣で座って見てていい?」

「好きにしな」

大雑把に形を削り出してから、部位ごとに細部を彫っていく。ずっとモモの視線を感じた。緊張より、むしろ安らぎを覚える。

「凄いなあ、お兄ちゃんは。私、こんな細かい魔力の調整なんて、絶対できない」

「魔力を使う必要なんてない。ノミと槌があれば、モモにも同じことができるさ」

「それも無理。私不器用だもの」

「確かに、ちょっと不器用でガサツだな」

「そこまでは言ってないでしょ!」

そんなことを話しながらも彫り続ける。余りに見つめすぎて、自分の顔に違和感を抱き始めた頃、ついに満足の行く仕上がりになった。

「どうだ?」

「うん、完璧!本物には敵わないけど、カッコいいわ!……ちゅ」

「おいやめろ石にキスするな」

「レロレロレロレロ~~」

「腹壊すぞ。そんな使い方するなら、返してもらう」

「い~~や~~!」

唐突に、大きな音を立てて入り口のドアが開いた。驚いて魔力が乱れる。すぐそばで破裂音が聞こえた。

「ロ~ディ~、マスタークラスの俺様が、直々に学園長殿の指令を伝えに来てやったぞぉ~?」

「げ、モリガン……何の用だ?」

とっさにモモを後ろに隠す。この部屋は薄暗いし、モモは小柄だ。近寄られなければ、気付かれずに済むかもしれない。

「いつまで経っても、お前は自分がローディーであることを学ばんな。俺様と対等であるように喋るな。また教育してやってもいいところだが……まあいい。今の俺は機嫌がいいんだ」

「待ってくれ、入ってこないでいい。そこからでも、あんたの声は聞こえる」

「俺様に命令するな。……後ろに何を隠してる?」

「誰にも言うなよ?実はな、」後ろ手にテーブルを探り、手に触れた薬瓶を掴む。

「これを作ってたんだ」

「なんだそれは」

「モテ薬(仮)だ。飲むとフェロモンむんむんになる魔法薬、のはずだったんだが失敗して、体臭を激増させる薬になった。だから恥ずかしくて隠したんだ。万が一これを浴びると三日間ほどワキガが百倍になるが、それでもこっちに来るのか?」

「……フン。モテ薬だと?ローディーらしい低俗な発想だな。何をしようとも、お前の様なクズが、誰かから愛されるはずなどないだろう」

「死ね……」

背中に馬鹿げているほどの魔力の高まりを感じ、反射的にモモを見た。ヤバい、人を殺す目をしている。マナストーンの欠片が一瞬でマナを吸いつくされて風化し、くすんだ灰色の砂になってさらさらと床に落ちていく。

「ん、なんだぁこの魔力は?」

モリガンに視線を戻す。後ろ手にモモの脇腹をつついて止めるように促すと、魔力の高まりが収まった。

「許さない……お兄ちゃんの顔を壊しやがって……お兄ちゃんを侮辱しやがって……」

後ろから聞こえるつぶやきが怖い。

「上で合同魔術の訓練でもしてるんじゃないか」

「……いや、お前の方から感じるぞ。本当に魔法薬を作っているだけなのかぁ?」

「勘違いじゃないか?俺はローディーだぞ。それよりも、用事があったんじゃないのか」

「ククク……そんなに知りたいなら教えてやろう。

下等魔術師エン・ドゥ!今日を以って、お前をオブシディア魔法学園教授の任から解く!」

言われたことが信じられず、俺は呆然とモリガンを見た。後ろでモモが小さく息を呑む音が聞こえた。

「ゴールドマンが、本当にそんな指示を?俺を教授としてオブシディアに置いておくのは、イサク爺さんの願いだったはずだ」

「おう、おう、ろくに魔法も使えないお前を、イサク様は随分と可愛がっていたようだなぁ?いったいどうやって取り入ったのか。ククク……まさかお前の尻の味の虜にしたのではあるまいな?」

「……?尻なんかかじっても、しょっぱいだけだろ。俺を拾ってくれたのはイサク爺だからな。責任を取ろうと思ってたんじゃないか」

本当の所は……危険な存在である俺を、ここに閉じ込めておく意味もあったんじゃないかと思う。爺さんがあんまり急に死んじまったから、そこら辺の事情をゴールドマンは知らないのかもしれない。

「だが、イサク様はもういない。特別扱いもこれまでだ。ローディー、お前は役に立たぬだけならまだしも、我が弟子マークの講義を妨害し、あまつさえこの俺様の身体的特徴を侮辱しさえした!この惨状を学園長殿に訴えたところ、大いに憂いて下さり、魔力の低いものが不当に教授職を務めている事について、教授陣全員に緊急招集をかける事となった。そして議論の結果、満場一致でお前の追放が決まったのだ」

「満場一致?俺が参加してないのにか」「うるさい黙れ!」

「講義を妨害、あんたを侮辱……それ、全部マークの嘘だぞ。って言っても、信じちゃくれないか」

「真実かどうかなどどうでもよいわ。目障りなお前を追放さえできるならな!……いいか、この決定は俺や学園長殿だけの考えではない。オブシディアの教授陣、全員の意向なのだ!」

「どうしてそこまで嫌うかな……俺、なんか悪いことしたか?」

「弱さはそれ自体が罪だ!イサク様の時代から、お前や、一部の魔力の劣った者たちが教授職を務めていることを不満に思っている者は大勢いた。人格や個性も魔術師としての資質の内だなどとイサク様は言ったが、ゴールドマン殿はそのような軟弱な思想は持ち合わせておらん。魔術師に必要なのは魔力!魔力こそが唯一にして最大の、魔術師としての資質なのだ!

俺たち魔力至上主義者は何年もかけて少しずつ、劣等魔術師どもをクビにしてやった。最後にして最も目障りだった存在が、ローディー、お前だ」

「なるほど。かばうような奴を辞めさせてから、俺を追放するわけか。いい段取りだ」

「ククク……イサク様の忘れ形見もついに消え、これでオブシディアは強き者のための学府となる!魔力至上主義の時代が訪れるのだ!ヌハハ……ヌハハハハハハ!!」

「お兄ちゃんを追放ですって……?ふざけんじゃないわよ……」

こらえきれなくなったのか、モモが前に出ようとする。腰に手を当てて引き寄せるように抑え込むと、恥ずかしそうにうめきながら大人しくなった。

「せめて今年一杯は続けさせてくれないか。中途半端で生徒を放り出したくない」

「だめだ!お前がオブシディアの門をくぐることは、明日より許されん!」

「歴史の授業だけでもいいんだ。どうしても面倒を見たい生徒がいる」

「ならん!決定は覆らんのだ!!」

「駄目か。……ごめんな、ローラ」

生徒のことの次に思い浮かんだのは、これからの自分のことだった。

「ずっと教授をやってきたからな……ソフィアの町で、どうやって食っていこうか……」

「馬小屋で臭い糞でも集めてわずかな金を稼ぐか、さもなくば野垂れ死ね。いいか、間違っても俺様を恨むなよ。お前に魔力がないのがすべて悪いのだ!戦乱の今、魔力こそが力!力こそが正義!親から見捨てられた汚らわしい百姓の娘でも、魔力さえあれば普通の人間であるかのようにふるまえる時代なのだ」

「……モモのことか?その言葉、取り消してくれ。あいつを馬鹿にするのは許さない」

「ハハ!どうしてだ?同じ孤児どうし、共感を覚えているとでも言うつもりか?あれは才能こそあるが、まだアデプトクラス。マスターの俺が何を言おうと勝手だろう!そしてお前はローディー!俺様どころか、あの薄汚い娘にさえ劣るウジ虫!生きている価値などないのだ!」

「モモはな、あんたよりずっと高度な魔術を――」

「パラライズタッチ」

モモに触れていた場所から、雷の落ちたような衝撃が走った。全身から力が抜け、床に崩れ落ちる。

「お兄ちゃん、ごめん。やっぱりこいつ、殺す。お兄ちゃんをこんなにバカにされて、我慢してるなんてできない」

強い意志を感じさせる歩みで前へと進み出ながら、モモは言った。

「や、やめ……ろ。み、みらい……かのう、せい……」

「もうどうなったっていいよ!こんな腐った場所になんていたくないものッ!」

「お前は……な、なぜここに!?」

「弱い奴には生きてる価値がない?その通りね。

――――まず、あんたから死になさい」

保持していた膨大なマナを、モモが再び動かし始める。そのあまりに圧倒的な魔力に、モリガンはただ震えるばかりで、対抗呪文や防護術を展開する事さえ思い至らないようだった。

『不滅の太陽さえ喰らう虚空よ 悪しき魂を呑み込め 彼の者に永劫の孤独を与えよ 魔術師モモの名において命ず! 禁じられし異界の扉よ開け!』

「次元のはざまに消え失せろ!」

モモの詠唱が終わってしまった!果たして、モリガンの運命やいかに!?


――次回、『モリガン、死す』

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