3『天才変態特待生MOMO』
家に帰るか研究室に寄るか考えた結果、俺は後者を選ぶことに決めた。まあ、勤務中に家で寝るのはまずいよな。
雲母棟の地下にある古ぼけた扉を開くと、中の空気が頬を撫でていった。俺がここを訪れるのは半年ぶりなのだが、カビや埃のにおいは少しもない。相変わらずあいつが入り浸っているようだ。
「モモ、いるか?」
部屋の奥に何も身に着けていないモモが立っていた。ローブを手にしている。……また胸が大きくなったか?学園に来たばかりの頃は見ていて心配になるくらいやせ細っていたのに、すっかり健康的な体になった。時が経つのは早いもんだ。
「着替え中か、すまない。出るよ」
「……ふ」
「ん?」
「フレイムピラ――ッ!!」
足元の石畳が真っ赤に輝くのを見て、俺は死を悟った。
レベル3の魔法を無詠唱で発動できるようになったってことは、マスターの一つ上、ソーサラー相当の実力を身に着けたってことだな。半年の間、随分頑張って勉強していたようだ。
体が火柱に包まれるまでの一瞬、そんなことを思った。
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「ご、ごめんお兄ちゃん、びっくりして」
勝気な釣り目をしゅんとさせて、モモが謝る。彼女は十歳の時に特待生としてオブシディアに入学し、それ以来驚異的な速さで成長を続けている。最近は体もだいぶ女性らしい丸みを帯びてきたが、俺に対する依存度の高さだけは一向に変化がない。
「いや、ノックしなかった俺が悪かった」
首を振ると、自分の髪から焦げたにおいがした。
「ノックなんかいらないわよ、ここは私たちの研究室じゃない」
「お前の部屋みたいなもんだろ、実質。元々は俺の研究室だったけど」
「私とお兄ちゃんの、『共同』研究室、ね。……それで、その、ねえお兄ちゃん、私の、どうだった?」
「見事だったよ」
「ほんと!?変なとこなかった?き、綺麗だと思った?」
「何も。今朝見たモリガンのより綺麗だった」
「モリガンて……あのタコハゲ?え、まって、何の話?」
「だから、フレイムピラ―」
「なんだぁ……私の体の話じゃないの……」
「それは、見てしまってすまなかった」
「それだけ?」
「入学してきた時と比べて健康になってるみたいで安心した」
「興奮した?」「しない」
「はぁ……私の体、そんなに魅力ないのかなあ……」
「そんなことないさ。ただ……体質だから」
「知ってるわよ……それでも、もしかしたらって思ったの。
ところで、今日はどういう風の吹き回し?お兄ちゃん、私がここに住み始めてから、全然来てくれなかったのに」
「昼寝。午後になったら消える。ベッド借りるぞ」
どうせ断られないので、返事を待たず横になる。ベッドからモモのいい匂いがした。どっと体の力が抜け、思わずため息が出た。あー、今日は色々疲れたな。まだ半日あると思うと気が重い。
「一緒に寝ていい?」
枕元に立ったモモに、上から覗きこまれる。
「超却下。襲われそうだ」
「失礼ね、優しくするわよ」
「モモ。そもそも合意のないセックスはしたらいけないんだぞ。それは相手を傷付ける事になる」
「分かってるわよ、ちょっとした冗談じゃない」
「ちょっとした……?」
モモはベッドに腰かけ、体をひねってこちらを向いた。
「ねえ。どうしてずっと来てくれなかったの?」
「寮の相部屋が嫌だからって言ったのはお前だろ。俺がここにいたら意味がないじゃないか」
「私、お兄ちゃんなら気にならないってゆった」
「そうだったか?忘れたな」
「本当は、別の理由があるんでしょ」
「あるもんか。机の上、開いてる本があるな。何を読んでたんだ?」
「サンドストーム」
「凄いな、レベル6の複合魔術か。あれだろ、水と土、違う属性のマナを一つにまとめるのが難しいんだよな?」
「うん」
「この分だと来年には、史上最年少のソーサラーが生まれる事になりそうだな。いやめでたい」
「どうでもいいよそんなこと。私は、どうしてお兄ちゃんが私を避けてるのかが知りたいの!」
ちぇっ、誤魔化されなかったか。さすがに話題反らしが露骨すぎたかな。
「避けてなんかないさ。職員室で用が足りるんで、わざわざここまで来るのが面倒だっただけだ」
「うそつき!他の教授に白い目で見られるから、職員室には居場所がないって言ってたじゃない!この研究室で、私とおしゃべりしながら本を読んでるときが一番落ち着くって、そう言ってくれたじゃない!だから私、お兄ちゃんの力になってあげたいと思って、ここに……。なのにお兄ちゃん、来てくれないし、廊下ですれ違った時に声をかけても無視されるし、私、どうしたらいいのか、ずっとわからなくて……」
薄々気づいてはいたが、相部屋がどうこうってのは嘘だったのか。特待生のモモが望めば、一人部屋くらいすぐに用意されたはずだものな。
モモはずっと、俺の力になろうとしてくれていた。本当にいい子だ……だからこそ、巻き込むわけにはいかない。
「落ち着け……昔とは、色々と事情が変わったんだよ」
「普通の魔法が使えないのがそんなにいけない事なの!?みんなお兄ちゃんの事を奴隷みたいに扱って、心を踏みにじるような事を平気で言って!……お兄ちゃんもお兄ちゃんだよ!どうして力を隠すの?私を守ってくれた時に使った、あの魔法を見せつけてやればいいじゃない!なんで何もやり返さないでへらへらしてるのよッ!」
隠してるわけじゃないさ。ただ、使いたくないんだ。あれは沢山の人の血で穢れた魔法だから。
「ずっとローディーでやってきたんでね、慣れちまった。いまさら、実は俺最強ですとか言い出すのも変だろ。なあモモ、心配してくれるのは嬉しいが、よく考えてみてくれ。ローディー差別もずっと続くわけじゃない、戦争が終われば、また昔みたいになるさ。それまで少し、辛抱するだけの話だ」
「そんなの待ってられないわよ!戦争が終わる前に、お兄ちゃんにもしものことがあったらどうするの!?……決めた。私、今から学院長に抗議してくる。大体、あいつが魔力至上主義なんて掲げ始めてからおかしくなったのよ」
「それだけは絶対に駄目だ。お前は、オブシディア魔法学園の歴史の中でも一二を争う才能の持ち主なんだ。魔術を極めればウィザード……いや、クリエイタークラスにたどり着くことだって夢じゃない。その可能性を、俺が潰すわけにはいかない」
「可能性なんか潰れてもいい!私はお兄ちゃんといられたら、それでいいの!」
「……お前さ、体は大きくなっても、中身はガキのまんまなのな。よっ、と」
「急に起き上がって、なによ。ちょ、ちょっと、近い……あっ……」
「モモは、温かいな」
「こんな……抱きしめられたって、誤魔化されないんだから……」
「俺は、大丈夫だよ。他人から何を言われたって、何をされたって、俺の味方でいてくれる人たちがいるって知ってるから。お前の温もりを……知ってるから。だから、俺は大丈夫だ」
「お兄ちゃん……」
「俺の為に何かしてくれるって言うなら、まず何よりも自分の立場を守ってくれ。俺のせいでお前が苦しむようなことがあったら、俺は責任を感じて夜も眠れなくなる」
「……お兄ちゃんは、ずるい。いつもそうやって損な役回りを引き受けて、そうして独りで微笑ってるの」
「確かに、我ながら損な性分だ。……贖罪でも、してるつもりなのかもな」
「たまにいう、昔に取り返しのつかない事をした、ってやつ?」
「ああ……」
「お兄ちゃんが悪い事してるところなんて、想像つかない」
「若気の至りさ」
「……お兄ちゃんの言うとおりにする。外では、お兄ちゃんと距離を置く」
「よしよし、聞き分けのいい妹だ」
「えへへ、もっと撫でて~。あ、でもここでは、前と変わらずに接するからね。避けないで、ちゃんと来てよね」
「もし、誰かが来たら……」
「誰も来ないわよ、こんな所。ね、いいでしょ?」
「それも、そうか。昔から、ここは俺とモモの場所だったな。……悪い、俺も少し神経質になりすぎていたかもしれない」
「じゃあこれで私たち、仲直り?」
「ああ。元々ケンカしてないけどな」
「お兄ちゃんはそうなのかもしれないけど、私は……。勝手なことして怒らせて、き、嫌われちゃったんじゃないかって、不安で……」
「バカだな。俺がお前を嫌いになるはずないだろ」
「っ……。またそうやって、無自覚にドキドキさせること言う……」
「何か気に障ったか?」
「ううん!お兄ちゃんと出会えて良かったと思って!」
「急にどうした?まあ、俺もモモに会えて良かったと思ってるよ」
「相思相愛ね、私たち。結婚しない?」
「いや、家族愛な?」




