18『ネタバラシ』
「お母さん、お腹すいた……」
「うるさい!お前がいるせいで、あたしらは魔女の家族って呼ばれて村八分にされてんだ!お前なんか、早く飢えて死んでしまえ!」
私を愛してくれる人なんて、一人もいないと思ってた。
「お子さんには魔術の才がある……私に預けてみませんか」
私は銀貨一枚で旅の商人に売られて、見知らぬ街へ連れていかれた。
特待生。百年に一度の天才。将来の大魔導士。
みんな私をそう呼んだ。何の価値もない言葉。私が欲しかったのは、そんなものじゃない。
私が欲しいのは、もっとありふれていて、もっと暖かなーー。
「お前、痩せてるなー。名前は?モモか。モモ、お近づきの印にこの揚げパンをやろう。めっちゃうまいぞ!」
「お前、特待生だったのか、すごいな。それにしても、放課後の買い食いは罪の味がするなー。あ、モモ、口の端にソースが付いてるぞ。拭いてやる」
「モモは素直でかわいいな。きっと今にたくさん友達ができるさ。じゃあ、飯行くか!」
お兄ちゃんはたった一人の家族。
お兄ちゃんは私の愛。
お兄ちゃんは全て。
・・・・・・・・・・・・・・・・
「『魔術師殺し』……」
「……ッ!」
「うわっ、こっちを見たわよ……」
「行きましょう。私らも殺されちゃうわ……」
「くすくす……」「くすくす……」
うが~~~~ッ!!!!!!ムカつく~~~~~ッッ!!!
ただでさえ今日も一日中教授どもに取り調べを受けて疲れてるのに、どうして帰り道でまで陰口を言われなきゃなんないのよ!
あのクソ女がお兄ちゃんを誘拐してイソルデ村に行ってしまった後、私は学園長暗殺事件の目撃者として取り調べを受ける事になった。寝ていたように見えた学園長は、ルツの手によって惨たらしく殺されていたんだって。
昨日は街の衛兵、今日は教授たち……同じ話を何回もさせられてばっかりで、このままじゃ、いつ自由になるかなんてわからない。本当なら、すぐにでもお兄ちゃんを追いかけたいのに……!
「この足さえちゃんと動けば……」
魔法であの女をぶっ飛ばして動けなくしてから、捕まえてやるつもりだったのに……予想以上に反動が強くて、巻き上げられた私は着地の衝撃で足首をくじいてしまった。なんかあの女はすぐに回復して逃げちゃうし、おまけに他の生徒を巻き込んだからって町のみんなから白い目で見られるようになるし……もう、サイアク。
お兄ちゃんが大変な時に、雑魚のことなんか目に入らないっての……誰もケガしなかったんだからいいじゃない。私はお兄ちゃんを助けようとしただけなのに、なんで『魔術師殺し』なんて呼ばれなくちゃいけないのよ……。
「あれ?あいつら……」
私の家の前に、悪ガキ三人組が座り込んでいた。魔力至上主義とかいう、お兄ちゃんを苦しめる最低な思想が学園に広まり出してから、あいつらは何かと理由を付けては気の弱い生徒をいじめてる。自分達だってまだノークラスのくせに……何様なのよ。三人はこっちに気付くと、ニヤニヤ笑いながら近づいてくる。
「モモ……」
「よォ……」
「モ、モモさん、こんにちはなんだな」
「ヘラヘラしながら話しかけないでくれない?キモいんだけど」
「まァそう言うなよ、俺たち大事な用があって来たんだぜェ」
「私はあなたたちに用なんかないの。そこどいて。通れない」
「待てよ……モモ……!」
「っ……!ちょっと、肩掴まない、で……」
振り向いた先にあった悪ガキ……確か、グリードって名前だったかしら、そいつの私を見る目があまりに異様だったから、私は気圧されてしまった。
「痛い、から……やめてよ……」
「ボクのパパが殺されるのを、黙って見てたらしいな……!」
その一言で思い出す。こいつ、理事長の息子だった。三人が好き勝手出来るのも、理事長の後ろ盾があるからなんだっけ。私に逆恨みしてきたのかしら?悪いのはあのクソ女なのに。
なんだかムカついてきた。グリードの手を振り払い、きっぱり言ってやる。
「言いがかりはやめてくれる?私は理事長が襲われてる間、理事長を殺した女の指示でお兄ちゃんに目を塞がれてたの。私にできることがあったわけないでしょ」
「お前の言う女なんて、本当はいなかったんじゃないのか!?お前があのローディーと組んでパパを殺したんだって、みんなが噂してるんだ!」
「馬鹿げてるわね。あのクソシスターがお兄ちゃんを抱えて五階から飛び降りてくる所、大勢の生徒が見てたんですけど?」
「そ、そんなことを言ってる奴なんかほとんどいないんだな。みんな、モモさんのことしか覚えてないんだな」
「そーそー。誰も彼も、お前がいきなり降ってきて、魔法をぶっ放したって言ってるぜ。なァ、『魔術師殺し』さんよォ……?」
「誰も殺してないから!チッ、 ちょっと派手にやり過ぎたかしら……」
「やっぱり、お前がやったんだな……!」
「違うって言ってるでしょ!」
グリードが他の二人に目配せをした。オタクとチンピラが私を囲むように横へ回る。
「まァ、俺的にはどっちでもいいんだけどな。ヤることヤれればよォ……」
「フヒヒ……モモたんの髪ハスハス……」
「ちょっと、何を――」
唐突に視界を塞がれた。強い恐怖を感じて、とっさにグリードの手を振り払おうとする。ほとんどの魔法は、対象を視界に捉えていないと使えない。目の見えない魔術師は、ほぼただの人間。力比べになれば、私に勝ち目はない。
横の二人に腕を押さえられ、私は更にパニックになる。必死にマナバーストの術式を思い出し、詠唱を始めようとした瞬間、口の中にボロ切れを押し込まれた。
「んーーー!ん―――ッ!」
目と口を塞がれた魔術師に……魔法を使う方法はない。今の私は、ただの女……。
絶望が心を塗りつぶしていく。ボロ切れはひどい味がして、舌が痺れた。息ができない。
「ヒ、ヒヒ……その布には、ボク特製の麻酔薬がたっぷりしみこませてあるんだな。体は動かせないけど、意識だけははっきりしてる……金縛りみたいな状態が、当分の間続くんだな」
怖い、怖い、怖い……ッ!!
「よし……家の中へ連れ込め!」
三人が私を運んでいく。乱暴な手つきで胸やお尻を触られて、私は自分がこれから何をされるのかを完全に理解した。
「ヒョーヒョッ!学園一の天才特待生と生ハメ交尾できるんだな!い、生きててよかったんだな!」
「ゆっくり話し合おうぜェ……お前んちのベッドの上でよォ……!」
「これはパパの復讐だ……徹底的にやるぞ!」
嫌ぁ……やめてぇぇぇぇッッ!!
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ここ……どこだろ。まっくらだ。私は広い道を歩いている。
「……くない……私は……ない……」
私は悪くない私は悪くない私は悪くない私は悪くない私は悪くない私は悪くない私は悪くない私は悪くない私は悪くない!悪いのはあいつら。私がお兄ちゃんに捧げるはずだったもの、全部奪って……やめてって言ったのに、何度も中に出して……泣きながら許しを請う私を見て、げらげら笑ってた……。
あんな奴ら、死んだ方が良かったんだ。
だから……私は悪くない……。
赤黒い血がこびりついた自分の手を見る。恐怖と罪悪感の混じった感情が噴き出してきて、耐えきれずに大声で叫んだ。
「アァァァァアアアアーーーーーーッ!!」
涙があふれて止まらない。頭が変になりそう。
「会いたいよ、お兄ちゃん……。お願いだから、助けて……!!」
魔法を使うのも忘れて私は走った。お兄ちゃんに抱き締めて欲しくてたまらなかった。息が切れても、視界がぼやけても進み続けた。手に付いた赤い汚れとか、体の中の白い汚れとか、そういうことを全部考えないようにするために、自分をいじめ続けた。
「キャアアッ!」
ねんざしたほうの足を捻ってしまった。そのまま足を踏み外し、道端の小麦畑に転がり落ちる。
「……ッ!オエエェェェ……」
吐き気が込み上げてきて、四つん這いのまま胃の中のものを吐き出した。あまりにも自分が惨めだった。私はぽっきり心が折れて、もう一歩も動けなくなって、口の端にもどしたものをつけたまま、寝転がって空を見た。泣きたいほどきれいな星の海が広がっていた。
ブゥゥゥゥ……。
蜂の立てる羽の音みたいな、不思議な音が耳に届いた。導かれるみたいに、私は体を起こして辺りを見回した。近くの草むらにぼやっと光る何かが落ちていた。這って近づいて、草の根を分けてみる。神々しく光る小さな石が、まるで私を待っていたかのように、柔らかくまたたいた。
手を伸ばし、それを掴む。瞬間、頭の中で声がした。
『立ち上がりなさい、モモ・プラムス……。選ばれし勇者よ……』
「だ、誰……?シークレットヒア、コンスパイア……違う。魔力を感じない、魔法じゃないの……?」
石の輝きが増し、私の体を包み込んだ。思わず悲鳴を上げ、目をつぶる。石から誰かの温かいオドが流れ込んできて、私は体に力がみなぎるのを感じた。
「立てる……。一体なんなの……?」
『その力で、悪しき者の手からエンを救うのです。そして彼と二人で、救いの塔を目指しなさい……』
「救いの塔?もしかして、あなたは女神様……!?」
私は魔術師だから、教会にはほとんど行ったことがない。だけど、よくイサクおじいちゃんから女神様のお話を聞かされていた。
遥か昔、遠く雲の向こうに住んでいた女神様は、私たちの住む世界、テレスティアに降りてきて、世界に祝福をもたらした。それが終わると聖なる土地に高い高い塔を立てて、元の世界へと帰っていった。今もその塔は残っていて、救いの塔と呼ばれている。世界に災いが訪れた時、女神様が塔から降りてきて、私たちを救ってくれるから、そういう名前が付いたらしい。
『その通りです……。私は女神エフェメラル、この世界を祝福する者……』
「あ、あああああ…………。
わ、私ッ、頑張ります!悪しき者って、ルツとか言うシスターのことですよね!?」
『世界に……災いが迫っています。テレスティアを救うのです……』
声が小さくなっていって、同時に石の光も消えていった。
「分かりました!!私、あいつを殺します!それで、お兄ちゃんと世界を救います!!」
もう女神様の声は消えてしまったけれど、私は少しも迷わなかった。さっきまでの最低な気持ちは嘘のように消えて、不思議なほどの幸福感と全能感で頭の中がいっぱいだった。当然よね、なんて言ったって私には、女神様の力が宿ったんだから!
「お兄ちゃんと、世界を救う旅かぁ……。ふふっ、楽しみだなぁ……♪」
お兄ちゃんが勇者で、私は、女神に選ばれた聖女!これ以上お似合いのカップルなんて、いるのかしら!
そうとなれば、一刻も早くあの邪悪女をやっつけなきゃ!あいつ、魔法の軌道が読めるって言ってたけど、それなら不意打ちすれば殺せるわよね!
「よーし、ぶっ飛ばすわよ!ウインドブロウ!」
私は両手から烈風を噴き出して、後ろ向きに猛スピードで進み始めた。
目指すはイソルデ!殺すは邪悪!




