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19「骨肉の争い」

「娘よ、帰ったぞ!」

「あーっ、おとーさーん!!おかえりー!!」

「ガハハハ!抱きついてくるとは可愛い奴め!そんなに俺に会いたかったのか!」

「お、お父さん、お顔すりすりしないで……お髭がちくちくするよう」

「気にするな!」

「嫌がってるだろ。やめてやれバルガ」

「シィル、これは愛情表現だ!」

「ふぅん……。なら、お前の頬もおろし金でずりずりしてやろうか?」

「わ、分かった、やめる。シィルは本当にやるからな……」

「おかーさんも、お帰りなさい!」

「ただいま。いい子にしてたか?」

「うんっ!お母さんたちは、よーへいのお仕事うまくいったの?」

「おうよ!群がるイノシシどもをちぎっては投げ、ちぎっては投げぇ~~」

「ホーンドボアの小さい巣を潰したくらいでえばるな。まあ、何事もなくすんだよ。これで村の畑があいつらに荒らされることもなくなるだろう」

「お母さんたちは強いね!村の人たちもね、私たちが来てすごく助かってるって、みんな言ってるよ!」

「そうか。まあ、悪い気はしないな」

「グフッ、グハハハハハ!!礼などいらん、当然の事をしているまでよ!我ら漆黒の翼は、弱きを助け、強きをくじく!そして心に宿すのは!」

「愛と!」

「勇気とォ!」

「…………」

「お母さん、続き言ってよ!」

「き、希望……」

「フッ。決まったなあ、ルツ……」

「ばっちりだね、お父さん!」

「あほくさ……」

・・・・・・・・・・・・・・・・


「詰んだんじゃないか、これ?」

真っ暗な森の中、大きな木の下で休みながら呟く。体は芯まで冷え、脚は棒のようだ。迷ってしまって、ここがどこか分からない。おまけに近くでウルフの遠吠えまで聞こえはじめた。

意気揚々とイソルデを出発した俺だったが、真昼を過ぎたあたりで食べ物が何もない事に気が付いた。なんとなく、ルツに分けてもらえばいいと思っていた。いつ追いつけるかもわからないのに。旅の食料を買っておくことにも気が回らないとは、自分では冷静なつもりでいたが、やはりモモが死んで動揺しているのかもしれない。ルツに貰ったクッキーの袋を開いてみると、中には銀貨が六枚入っていた。……なるほど、俺とモモの分、ってそういうことか。嬉しかったが、腹ペコだったのでクッキーの方が欲しかったとも思った。

そのうち街道は森の中に入った。森の中で野宿するのがやばいのはさすがに分かったので、手前で一泊することも考えたが、司祭が次の村――リンカネとかいう名前だった――はすぐ近くだと言っていたので、俺は歩調を速めて進み切ってしまうことにした。

それが災難の始まりだった。いつまで経っても森の終わりは見えず、それどころか辺りの木々はますます鬱蒼と生い茂りだした。空は晴れているのに、遠くから雷の落ちる音が繰り返し聞こえてきて、その度俺はびくりとした。なんだか不吉だった。無理なペースで進んだせいで耐えられないほど喉が渇き、切り付けられた脚の傷が痛んだ。俺は森の中から水の流れる音が聞こえてくる事に気が付くと、近くに小川が流れているのだと思い込んで、茂みの中へ踏み込んでいってしまった。

確かに川はあった。冷たい水は疲れた体に染みた。だが川は予想以上に街路から遠く、その頃には夕日が辺りを赤く染めていた。慌てて道へ戻ろうとするが、どちらを見ても木が生えているばかりで、自分がどこから来たのかさえ分からなかった。そうして俺は遭難し、日の暮れた後もがむしゃらに歩き続け、力尽きて大きな木の幹にもたれかかったのだ。

ウルフの声は少しずつ数を増し、段々近づいてきている。

「あれ……俺、死ぬのか?こんなところで?」

カッコ悪いな……自業自得だから仕方ないか。旅ってものがこんなに危険だなんて知らなかった。

近くの茂みが揺れたかと思うと、トロルかと思うくらいバカでかい狼が飛び出してきた。牙が俺の腕くらい太いそいつと目が合った瞬間、俺は死を悟った。女神様、できれば向こうで、モモと会わせてほしい……。

…………が、ウルフはこちらに見向きもせず、俺の横を一目散に駆け抜けていった。周りの茂みをざわめかせている他のウルフたちも、どうやら俺を狙っているわけではなさそうだ。

「な、なんだ?何かから逃げてるのか……?」

そう呟いた瞬間、耳をつんざくような雷鳴と共に、視界が真っ白に染まった。

「魔術か!?いや、でもなんだこのマナの歪み……」

ちょうどウルフたちがきた方から、不気味なマナの流れを感じた。必要なマナを選び取って使うのではなく、無理やり辺りのマナを吸い取ったような感じだ。魔術師は絶対にそういう魔法の使い方をしない。というか、できない。扱うマナの量が膨大になりすぎるからだ。俺がローディーになってしまったのも、マナを四つの属性ごとに分けるという、魔術の基本中の基本の技術が身に付けられなかったからだった。

「向こうの方の大気、マナがほとんど枯渇してる。人間の仕業じゃないな。精霊か、それとも強力なモンスターか……」

少なくとも、魔術師でないことは確かだ。こんな技術も何もない魔法、魔法であっても魔術じゃあない。……視界も戻ってきたし、本当ならのんきにこんな分析なんてしてないで、さっさと逃げ出すべきなんだろう。だが俺は、ウルフみたいに元気に走り出すには疲れすぎていた。それに、もしかしたらルツが関わっているのではないかという予感がしていた。

こんな無茶苦茶な魔法を使える存在がいたなら、それが精霊であれモンスターであれ、必ず大騒ぎになるはずだ。ソフィアでもイソルデでもそういう話を聞かなかったってことは、そいつはつい最近ここへ来たってことになる。ルツを追って来たんじゃないか、と考えるのは、さすがに単純すぎだろうか?でも、ラコニア軍の魔導兵器に、こういう魔法が使えるのがあるのかもしれないし。

と、また光と音の爆発があった。雷魔法を使っている存在が、誰かと戦っているのは確かだろう。もしその相手が人間なんだったら、ルツだろうと誰だろうと、俺はそいつを助けに行かなくちゃいけない。どうせ遭難して死にかけてるところだし、同じ死ぬなら、誰かの役に立った方がいいよな。

「よし、死んでみよう!」

気合を入れて立ち上がり、できる限りの速さで進み始めた。

・・・・・・・・・・・・・・・・

音の方へ歩いていくと、やがて焦げ臭いにおいが漂ってきた。凍えるほど寒い夜だったのに、乾いた熱風が吹き付けてくる。そのまま進んでいくと、俺は信じられないものを目にした。一本の木が、生えたまま丸ごと炭になっているのだ。白煙を上げるその木の周りには、葉だったらしい灰が積もっていた。一体どれだけ強力な魔法を使ったら、こんなことができるんだ……?

それを見て本能で実感する。このまま進んだら、たぶん俺は死ぬ。

歩き続ける事にそれほどのためらいは感じなかった。どうせ俺は誰かの役に立てないなら生きている価値がない。無駄死にするとしても、モモに会えるなら悪くない。確か、死んだ時間が近いほど天国で一緒になりやすくなるんだったよな?なら、今死んでおいた方がお得まである。

少し進んだ先に、視界の開けた場所が見えた。……そこは、まるで地獄だった。地面のあちこちから煙が昇り、地面には白い灰が積もっている。離れていても耐えられないほどの熱波が襲ってきた。

真っ白な灰を舞い上げて走る、真っ黒な人影があった。全身を漆黒の甲冑で固めたそいつは、引き裂かれたように歪んだ刃の戦斧を引きずっていた。暗闇の中でそれの姿をはっきりと目にすることができたのは、刃と地面とが擦れた間に、激しい紫の放電があったからだった。

「なんだよ、あれ……」

勝手に足が震えだす。俺がビビったのはそいつのいかつい見た目ではなく、そいつが身にまとっている、おぞましいほど大量のマナだった。

鎧の男が突っ込んでいった先には、小さな人影があった。力任せの振り下ろしを、その人影は飛びのいてかわす。だが斧が地面へ叩きつけられた瞬間激しい放電が起こり、それはまるで蛇のように人影の脚を捕らえ、這い上っていった。

「やっぱりな。あんたがいる気がしたんだ……」

雷が照らし出したその人影の顔は、傷だらけになり、すすで真っ黒になってはいたが、間違いなくルツだった。

動きの鈍ったルツに近づくと、鎧の男は彼女を蹴飛ばした。ルツはボロ切れのように転がって倒れたが、すぐ傷を治して立ち上がり、追いかけてきた鎧の男の攻撃をかわす。正直に言って、ルツに勝ち目なんて少しもないように思えた。傷が治せる分、かえってひどくなぶられているようにしか見えなかった。

切り付けられて血しぶきを噴き出し、雷を喰らって煙を上げながらも必死にあがいている彼女の姿を、俺は足を止め、しばらく眺めていた。

「モモを殺したから、ひどい目に遭うんだ……」

ひとりでに口から言葉がこぼれだす。苦しみにのたうち回るルツの姿を見て、俺はざまあみろ、と思ってしまったのだ。

『何やってるのよ、お兄ちゃん!こんなの、全然お兄ちゃんらしくない!!』

モモの声に叱られて、我に返る。そうだ、復讐なんて意味のない事だ。救えるなら家族の仇だろうと救う、それが俺らしい考え方だし……きっとモモも、俺が自分らしさを貫くことを望んでいるはずだ。

辺りを見回し、鎧の男の注意をこちらに引き付ける方法がないか考える。あいつを倒すなんてこと、俺には絶対無理だが……触れる事さえできれば、あいつの鎧を砕ける。うまくいけば、ルツが逃げる時間くらいは稼げるかもしれない。

焦げた木の幹に手をつき、思い切りマナを流し込もうとするが、異様なほど集まりが悪かった。それでもなんとか手を当てていた辺りを砕くと、木は傾き始め、大きな音を立てて倒れた。そうやって手当たり次第に木を倒していくと、ついに鎧の男がこちらを向いた。

「おーーーいっ!!」

言葉が通じるかは分からなかったが、とりあえず叫んでみる。

「ブルァァァアアアッ!!我が闘争を邪魔立てするのは何者だァッ!!!」

ちびりそうなほど怖い声だった。だが俺は勇気を振り絞ってあかんべをし、奴に尻を向ける。

「だっさいだっさい鎧野郎!ここまでおいで、お尻ぺんぺーん!」

よし、後は尻尾を巻いて逃げるだけだ!

走り出そうとした次の瞬間、腰に信じられないほどの衝撃があった。紙切れのように宙を舞った俺は、木の幹に顔面を打ち付け、ぺしゃりと地面に落ちた。

体中が痛くてたまらず、俺はただ叫んだ。早鐘のように打つ鼓動に合わせて、鼻から血が流れ出ていくのを感じた。

「フン、死ななかったか。この地のマナも尽きてきたようだな……」

瞬く間に俺との距離を詰めた鎧の男は、左手で俺の首を掴むと、そのまま俺を持ち上げた。呼吸が苦しくなり、必死に抵抗しようとするが、体が思うように動いてくれない。

「俺の手で直々に殺してやる。名誉と思え……」

奴の体が薄紫に光ったかと思うと、全身に激痛が走った。どうやら雷を流し込まれているらしい。

「あ、が、うぐ……!」

「クククッ……いいぞ人間、我にもっと死に際の苦悶を見せよ」

ちくしょう、何もせずに殺されてたまるか!震える腕を無理やり動かし、奴の左腕を掴んだ。

「抵抗のつもりか?笑わせる……」

威力を押さえる余裕などなく、とにかくありったけのマナを鎧に流し込む。

「ヒギアアアアァァァァァッ!!」

甲高い音を立てて腕の装甲が弾け飛ぶと、奴は情けない悲鳴を上げ、俺を取り落とした。

「我が鋼鉄の体が……我が腕がぁ……ウワァァァァ!!!」

奴の痛がりようにビビった俺は、思わず右目に手をやった。

オドの生成量を増やすため妹の肉を俺の体に埋め込んだとき、イサク爺さんは高名なクレリックに頼んで、俺の右目に特別な制約を掛けた。『もう二度と人を傷つけないように』と。女神との誓約でもあるというそれは、破った者に罰を与える。誓いを破った者はまず初めに血の涙を流すことになり、それでも誓約を破り続ければ、最後には右目が弾け飛んで死ぬ。

不思議なことに、右目に変化はなかった。あの男は、あんなに痛がっているのに……。

「貴ッ様ァァァァ!!よくも我が体に傷を付けたな!!殺す!!!コロスゥ!!!!」

奴が勢いよく大斧を振りかぶる。砕けた鎧の隙間から、男のやせ細った腕が見えた。今度こそ死んだと思った瞬間、奴の体が吹っ飛んだ。

「グルルルァァァァァァッ!!」

全身黒こげのルツが、咆哮しながら男に飛び掛かっていく。

「逃げろッ!逃げるんだッ!!」

必死に叫ぶが、悪魔憑きになってしまった彼女には届かない。二人の力の差は歴然で、あっという間にルツは追い詰められていく。鎧の男は倒れたルツの腹を踏みつけて逃げられないようにすると、思い切り斧を振りかぶった。

「死ねぇィッ!!」

「やめろー―ッ!!」

必死に走りながら、俺は自分が絶対に間に合わないだろうということも分かっていた。心の中に、鎧の男と同じ、真っ黒な絶望の影が広がっていった。

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