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17『戻れ』

猛然と走ってくる俺を見て、モモは少し戸惑ったような顔で近づいてきた。

「お兄ちゃん、だいじょ」「邪魔だ、どけ!」

彼女を突き飛ばし、ルツの元へ向かう。彼女の体はうつぶせに倒れ、頭は目を見開いたまま、見つめ返してきた。

「奇跡を!誰か、治療はできないのか!くそっ、司祭を呼んできてくれッ!!」

子供たちに向かって叫ぶ。しかし、あまりの状況に呆然としているのか、反応は薄かった。

「お、お兄ちゃん……?どうしてそいつ、助けようとしてるの……」

「ルツがいい奴だからだッ!どうして攻撃する前に話し合わなかったんだ、バカ!!」

「だ、だって……不意を突かなかったら避けられちゃうと思って……」

怒りのあまり、俺は拳を振り上げた。怯えて目をつぶり、肩をすくめたモモの姿を見て我に返り、振り上げた腕を降ろす。ルツの頭を見ると、まだ俺を見ていた。しきりに口を動かして、何かを伝えようとしているように見える。

「聞いて。お兄ちゃんはこの女に騙されてたんだよ。こいつは学園長を殺したの!それに『声』も、この女は邪悪な存在だって言ってたんだから!」

モモが何か言っているが、耳に入ってこない。ただルツを見つめて、音のない言葉に耳を澄ませた。

『つ』『る』『ぎ』

「……っ、そうかッ!!」

ルツの腰元を探り、ショートソードを引き抜く。初めて目にする血に汚れていない状態の刀身は、漆黒の心材に銀の刃が付いており、心材には白い染料で呪文のような紋様が刻んであった。

ルツがモモの魔法で負った傷を治したとき……彼女はこの剣から広がった光に包まれていた。これを使えば、もしかしたら……!

「お兄ちゃん、何やってるの……?」

ルツの頭のそばにしゃがみ込み、彼女に刀身を近づける。

「くそっ、これ、どうやって使えばいいんだ……!?」

ルツはしきりに瞬きをして、何かを伝えようとしている。

「もしかして……もっと、近くか?」

剣の腹を彼女の頬に当てると、ぴたりと瞬きがやんだ。彼女の口がゆっくりと動き出す。

『も』『ど』『れ』

剣がまばゆいほどの青い光を発したかと思うと、あっという間にルツの頭を包み込んだ。

「駄目ッ、お兄ちゃん!」

ルツの首周りの皮膚が水のように波打ち始め、まるで植物が伸びるかのように、彼女の頭の位置が上がっていく。刀身がルツから離れないよう、俺はショートソードを持ったまま、合わせて姿勢を高くしていった。

そうして俺が完全に立ち上がった時、光が徐々に薄れていき、目の前に裸のルツが現れた。驚く俺に彼女は微笑むと、丁寧な手つきで俺の手から剣を取り、ごく自然な仕草で俺にキスをした。

「上出来だ、エン……」

呆然としているモモへ彼女が向き直り、ニヤリと笑う。モモは悲鳴を上げて尻もちを付いた。

「あの暴力猿が絶倫だったことに感謝になくちゃなぁ。でなきゃ、首からの治癒なんざできなかったところだ……」

「ば、化け物……」

「ああそうだとも。私を一度殺したくらいで、油断してもらっちゃあ困るんだよ。相手が悪かったな、モモ……」

ルツが剣を振りかぶる。俺は慌てて割って入った。

「待ってくれ!モモは、あんたのことを誤解してただけなんだ!」

憐れむような目で、彼女は俺を見下ろした。そうして、無造作に剣を振り下ろす。左足に焼けるような痛みが走り、俺は叫びながらのたうち回った。

「悪い……。私の敵は例外なくぶち殺す。そう決めているんだ」

「嫌……来ないで、嫌ァッ!!!」「死ね」

鈍い、湿った音がして……それきり、モモの声は聞こえなくなった。

必死に体制を立て直し、モモの姿を探す。

仰向けに倒れた彼女は、胸を深く貫かれて死んでいた。

「あ、あ…………」

左足をかばいながら、モモのそばへ這っていく。

「嘘だ……。嘘だ……ッ!」

彼女の恐怖に歪んだ死に顔を見た時、俺は耐えきれなくなって泣いた。ルツの脚に縋りつき、懇願する。

「治してくれ……モモを助けてくれ!!何だってする……代わりに俺を殺してもいいから……!」

「私は、自分しか治せない」

「くそっ……。どうして、こんなことに……」

「体験を通して学べたな、エン……大切なものを守りたいなら、誰も信用するべきじゃない、って。お前が私を信じた結果が、この結末だ……」

冷たく言って俺を振り払うと、彼女は自分の死体から服をはぎ取って身に着け始めた。最後に革袋を肩に背負ったルツは、俺の肩に手を乗せると、

「頼むから追ってくるなよ。お前まで殺したくない……」

かすれた声でそう言って、去っていった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・

「見ず知らずのモモを弔ってくれて、ありがとう……」

埋葬が終わり、礼拝堂に帰ってきた俺は、教会の人達に頭を下げた。

「水くせーこと言うなよ!ルツねーちゃんの友達なら、俺の友達だぜ!」

「ルツ、か……」

「こら、マシュ!エンお兄ちゃんの妹は、ルツお姉ちゃんに殺されたんだよ!」

「いて!ご、ごめん、エン兄ちゃん……」

「いや……」

「あなたは……これから、どうなさるおつもりですか」

沈痛な面持ちの司祭が話しかけてくる。

「色々考えたんだ。正義って何なのかとか、どうやったら人の役に立てるのかとか。そうしたら、答えは決まってた。

俺は、ルツの後を追う……」

「駄目だよ、あんちゃん。復讐なんて何も産みやしない」

シスターの一人の言葉に首を振る。

「違うんだ。確かにルツがモモを殺したことは許せないけど、俺がそれよりもショックだったのは、モモが何のためらいもなく人を殺してしまった事なんだ。確かにあいつは、俺の事になると見境が無くなる所はあったけど……それでも、取り返しのつかない事をしでかしてしまうような子じゃなかった。

きっとモモは、ちょっとおかしくなっていたんだと思う。俺がさらわれたり、学園長が殺されたりしたのも、きっかけにはなったんだろうけど……日ごろから受けていたストレスが、積み重なっていたんじゃないかと思うんだ」

「ストレス……?」

「あいつは学園の中で孤立していた。それに加えて、魔法の使えない俺なんかと親しくしていた。集団から外れた奴へのいじめ、力の弱い奴への差別……どっちも、戦争が始まってから、どんどんひどくなる一方だった。

戦争は兵士を殺すだけじゃない。普通に暮らす俺たちの事も、まるで毒みたいに、少しずつ蝕んでいくんだ。あんたたちにも、分かるだろ」

戦争のせいで食料を失い、瘦せこけた大人たちは、互いに顔を見合わせた。

「俺がモモに出来る、一番の供養はさ……あいつに、平和な世界を見せてやることだと思うんだ。ルツは、戦争を終わらせるために旅をしてる……。それを実現するための力も行動力もある。だから、俺が彼女を追うのは……手助けをするためだ」

「君は……妹の仇を許すと言うのですか」

「まさか。そんな聖人じゃないぞ、俺は。ただ、戦争を終わらせるために出来る、一番可能性のある方法を考えた時に……ルツのことしか、思い浮かばなかった」

司祭は黙り込み、目をつぶって何かを考え込んでいた。やがて大きく頷くと、目を開く。

「君の決意は、分かりました。そういう事でしたら……シスタールツの行き先を、お教えいたしましょう」

「何か聞いてるのか!?」

「ええ。彼女はある重大な情報を伝えるため、王に謁見を申し込むつもりだと言っていました」

「重大な情報って?」

「いえ、その内容までは……」

そういえば、ルツは……学園長がラコニアへ触媒と魔法の技術を流出させていたと言っていた。その事か……?

「とにかく、シスタールツが王都リンデンを目指していることは間違いないでしょう。彼女が歩いて行ったという道も、王都へと通じるものでした」

「そうか……分かった。色々教えてくれてありがとう」

「お役に立てたのなら幸いです。あなたの旅路に、女神の導きがありますように……」

「待った、もう一つ聞いていいか?きれいな花の咲いてる場所を知らないか」

「花、ですか……?近くの森になら、生えているかもしれませんが……」

「そういうのは子供たちに聞くのが一番だよ。誰か、知らないかい?」

「あ、はいシスター!私、プリムラがたくさん咲いてる場所、知ってます!」

シスターの呼びかけに答えたのは、孤児の中でも年長の女の子だった。

「良かったら道案内をしてくれると助かる」

「ええ、いいですよ」

「じゃーな、にーちゃん!またサッカーしようぜ!」

「ルツおねーちゃんの事、助けてあげてよね!」

子供たちに見送られ、教会を後にする。少女の後ろを歩きながら、低い木立の森を進む。

「君もルツの事、化け物みたいだって思うか……」

「化け物?シスタールツが?一体、誰がそんなこと言ったんです?」

「いや、誰がってわけじゃないけど……ほら、あいつ、首から自分を蘇生したから」

「全然思いません。私はシスタールツの奇跡を実際に見たわけじゃないですけど、見ていたとしても、怖いだなんて感じなかったと思います。例え人間離れした力を持っていたとしても、シスタールツの心は、誰よりも人らしい暖かさを持っているから」

「そっか……よかった」

「どうしてお兄さんが喜ぶんです?やっぱり……シスターとは、そういう関係だったり!?」

「どういう意味だ?」「だから、好きかって事です!」

「好きだよ。ああいう頑張ってる奴は、そばに行って助けてやりたくなる」

「やっぱりそうなんだ~~!シスターと魔法使いの禁断の恋……!うふふ、まるで本の中のお話みたい!みんなにも教えてあげなきゃ……」

「なんで急に黄色い声を出すんだ……。よく分からないけど、不確かな噂を広めるのはやめて欲しい」

「はい、わかってます!」

「分かってなさそー……」

花畑でいい感じのやつを摘み、墓地へ向かう。

「道、分かります?案内しましょうか?」

「いや、いいよ。二人で話したいから……」

「あっ、そうですよね、妹さんが……」

少女ははっと目を見開き、口を押えた。……気を使わせてしまったかな。

「愛情と復讐心の間で揺れる心……そして二人は出会い、悲劇の決闘が……、ああ、なんてロマンチックなの……!」

「…………。なあ、口から妄想が漏れてるぞ……」

「あっ、すみません!さよーならっ!」

「行っちまった。台風みたいな子だったな……」

森の出口で少女と別れ、墓地へと向かう。それほど行かないうち、誰かに肩を叩かれる。

「台風、戻ってきました!」

「うわっ、な、なんだ?」

「――シスタールツの事、よろしくお願いします。あの人、強いように見えて、どこか危ういところがあるような気がするんです。これ、乙女の勘なんですけどね。きっと、誰か支えてあげる人が必要なんですよ」

「ああ、任せてくれ……」

「ありがとうございます!じゃあ、今度こそさようなら!」

台風少女と別れ、静かな墓地の片隅の、真新しい墓標へ花束を供える。

「なあ、モモ。ここは、いいところだな。空気もうまいし、景色もきれいだ。いつかお前が、学園を卒業したら、一緒に旅に出ようって誘ってくれたことがあったっけ。あの時の俺は、オブシディアにいる方が楽だって答えたけど……旅ってのも、なかなかいいもんだな。

俺……これから、ルツと旅をする。あいつはお前の仇だけど……それでも、この戦争を終わらせようとしてる。お前に、また平和になった世界を見せてやりたいんだ……。

じゃあな。行ってくるよ、モモ……」

立ち上がり、モモに背を向ける。墓地の出口に着いた時、急に強い風が吹いて、辺りの木々を揺らした。枝葉の擦れるさらさらという音が、まるでモモの行ってらっしゃいのように聞こえた。

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