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16「真面目な奴、自己犠牲しがち」

教会のベッドは詰め物がすっかりへたっていて、まるで木の板に寝ているようだった。浅い眠りは早く覚め、起きた時には辺りはまだ薄暗かった。昨日の夜一つ思いついたことがあって、たくさん魔術を使った。思いついた事自体は成功したのだが、大量の魔力を操作したせいでマナ中毒になり、眠れないわゲロは出るわ超ひどい目に遭った。今も軽くめまいと吐き気がする。寝起きで喉も渇いたので、水を汲みに井戸へ向かうことにする。寝静まっている子供たちを起こさないよう、音を立てず歩いた。

外は肌に軽い痛みを覚えるほど冷え込んでいた。首を縮め、麻のローブをひっかぶりながら進む。と、井戸端で誰かがつるべを引いていた。近づいていくと、彼女が肩越しに振り向く。

「おはよう、ルツ……って、大丈夫か!?」

俺は、彼女がひどい恰好をしているのに気が付いた。マントは軽く肩に掛けてあるだけで、しわだらけになったシャツは、襟から胸元にかけて大きく裂けていた。足元を見ると、ブーツからズボンがはみ出している。

「最高の気分だよ。実に清々しい朝だ」

「とてもそうは見えないんだが……」

桶を引き上げたルツは、水の中に頭を突っ込むと、水を飲み始めた。そうして顔を上げると、首を振るわせて滴を落とす。

「ああ、目が覚めた……」

「しぶきがかかったぞ。それに、俺もそれ飲もうと思ってたのに……」

「飲めばいいだろ」「ばっちいからやだ」

「ふん、潔癖め。箱入り魔導士だな、お前」

「貸してくれ、汲み直すから。それで、どうだった?」

「金貨二枚、銀貨二十一枚。どうだ、一匹の猿からこれだけ搾り上げてやったぞ」

彼女が取り出した巾着は、言葉通りはちきれそうに膨らんでいた。

「とんでもない額だな……。一体どんなことをしたら、一晩でそれだけ稼げるんだ?」

「聞きたいのか?随分と悪趣味だな、お前も。……ヤリながら女に暴力を振るうのが好みの男でね。素性は知らないが、随分と金を持っていた。前私がこの村に来た時も、同じようにひと晩買われて、拳と追加の銀貨をいくらか貰った。それで今回、私が治癒の奇跡を使えると言ったら、あの猿殺す勢いで殴り掛かってきやがった。いくらでも金を出してくれるんで金貨一枚で目を潰してもいいと言ったらな、あいつ、ニ枚出しやがった!奴が快楽の虜になって私の前にコインを積み上げていく姿は……キキキッ、痛快この上なかったよ。結局最後は奴の拳の方が先に駄目になって、続けられなくなった。肉が削げて骨が見えていたよ。馬鹿な奴だ……。

おい、どうした?なんでそんな顔してる。ここは笑うところだぞ。私は馬鹿な暴力猿から、有り金全部搾り取ってやったんだ。なあ、笑えよ……」

「笑えるかよ……」

「憐れんでんじゃねえよ。殺すぞ」

「ひどい目に遭ったやつを笑うくらいなら、死んだ方がましだ」

「誰が、ひどい目に、遭ったって!?私は勝ったんだッ、あのクソ男にッ!!」

言葉と共に、彼女が俺の体を揺らす。そうして最後に、俺を強く突き飛ばした。はずみで彼女が肩に掛けていたマントが落ちる。

「今は機嫌が悪い。これ以上話しかけるな……」

それを拾い上げると、ルツは教会の入り口がある方へ歩いていく。破けたシャツの間から、彼女の背中に赤黒い大きな痣があるのが見えた。

「ルツ」「なんだよッ!?」

「背中、治し忘れてる。あと、髪」

ルツはバツが悪そうに俺を見た後、舌打ちを一つして、治癒の奇跡と変身の星術を発動させた。

無言で去っていくルツの後ろ姿を見つめながら、俺は昨日彼女を止めなかったことをめちゃくちゃ後悔していた。てっきり、普通にえっちな事をして金を稼ぐのだろうと思っていたんだ……まさかルツが、ここまで自分を犠牲にするなんて。

冷たい井戸水を飲みながら、苦い気持ちを噛みしめた。

・・・・・・・・・・・・・・・・・

朝になり、教会の人たちが起き始める。ルツは寝起きの司祭へ何か話をしていた。司祭は彼女に礼を言って、彼女も彼に頭を下げた。まだ彼女が俺に怒っているような気がして、外へ出ていくルツの後ろを、少し離れて付いて行った。

教会の横にある馬小屋から、ルツはロバと荷車を持ち出した。彼女は出発する前、ロバの額をそっと掻くと、微笑みながら、よろしくお願いね、と言っていた。

ルツが商店っぽいところへ入っていく。しばらくして、彼女が超大量の食べ物を抱えて出てきた。ずっと声をかける機会をうかがっていた俺は、偶然通りかかった風を装いつつ助けに入った。

「おお、ルツ、こんなところで会うとわー!大変そうだな、手伝うよ」「いい、私がやる」

「う、そうか……」

「…………。中にまだ子供たちの服が残ってる。それを運んでくれ」

「お、おう!任せとけ!」

喜んでいる俺の顔を見て、ルツはにやりと笑った。

「そんなに私と仲直りしたかったのか。クク、最初から怒ってねえよ、お前には……」

「そうか……!良かった……」

心の重しが取れたような気がした。二人で荷台に贈り物を積み込み、教会へ向かう。

「なあ、ルツ」「汚れた金で孤児を助けるのが不満か?なら、他の方法を提示してから文句を言え」

「どうして汚れてるなんて思うんだ?その金は、あんたが辛いことに耐えて手に入れた、大切なものじゃないか」

ルツは一瞬足を止め、驚いたように俺のことを見た。見つめ返すとすぐに目をそらして、また歩き出す。

「俺が言いたいのはさ、今更かもしれないけど、司祭に金だけ渡すんじゃ駄目だったのかってこと。その方が楽だし、あっちも色々と融通が利くと思うんだが」

「パンと服にして渡せば、司祭様に金を使い込まれる事がなくなるだろ」

「あの人たちを疑うのか?あんなにやせ細ってたじゃないか。あれはきっと、子供たちの食事を優先しているからだと思うぞ」

「そんなことは関係ない。お前と別れる時、私が言ったことを覚えているか?私は誰も信用しない。騙されて損をするのは、私じゃなく、罪のない子供たちだからな」

「もしかして、他の司祭に騙されたことがあるのか?」

彼女は何も答えなかった。だが、それが答えである気がした。

教会の前に着くと、どうやって気付いたのか、子供たちが歓声を上げながら飛び出してきた。目を輝かせながら口々にルツへの感謝を述べる彼らへ向けて、

「私は女神様の御心を行っているにすぎません。お礼は女神様に伝えてください」

そんなことを言いながら、静かに微笑んでいた。

彼女は懐から紙袋を取り出すと、中に入っていた焼きたてのクッキーを一枚ずつ子供たちへ配った。

「これだけたくさんの食べ物があるのに、今何も食べられないのは辛いでしょう?さあ、召し上がれ」

ルツが言ったが、子供たちは食べようとしない。視線を交わし、頷き合うと、教会の中へと走っていった。

「どうしたんだ……?」

二人で顔を見合わせ、後を追う。

「シスターゲイル、これあげる!」「ブラザーマイク、クッキー!」「はい、あーんっ!」

「これはっ……!」

震える声で言うと、ルツはうつむいてしまった。

子供たちが司祭やシスターやブラザーを囲んで、こぞってクッキーを差し出していた。

「私はいいのよ。みんなで食べなさいな……」

一人のシスターが涙ぐみながら言うと、周りの子供たちが一斉に首を振った。

「だめーっ!シスターたち、最近朝ごはんしか食べてないでしょー!」

「しっかり栄養取らないと、元気に働けないんだよ!」

「走りまわれるようになったら、また一緒にサッカーしてくれよな!」

感動的な雰囲気のシーンが進む中、一人物陰でもじもじしている子供がいた。ドニだ。彼は周りの子供たちと、子供たちに囲まれてぽろぽろ涙をこぼしながらクッキーを食べている大人たちを見ていたが、やがて決心したように、司祭の方へ歩き出した。

近づいてくるドニに気付いた司祭は、表情をこわばらせて固まってしまった。

「食べないの、司祭さまー?」

「どうしたんだよ、司祭様」

周りの子供たちに首を振って、司祭はドニの方へと歩み出る。

「あげる……」

差し出されたクッキーを、司祭は信じられないものを見るような目で見た。

「ドニよ……罪深き私を、許してくれると言うのか……」

「うん……。僕、もう怒ってないよ。だって、僕もう大人だもん。この教会を守るためなら、ちょっと痛い事されたくらい、平気だよ」

司祭は大粒の涙を流し、言葉にならないうめきをあげながらドニを強く抱き締めた。

「あーっ、クッキー落ちちゃったよ!」

「ドニばっかりずるいぞ!司祭様、俺も!」「私もー!」

司祭の腕の中に一人また一人と子供たちが潜り込んでいく。

「おお、おお、愛しき我が子らよ……。私が間違っていた……。もう二度と、お前たちを悪魔の手に売り渡すことなどしないからな……!」

ぎゅうぎゅうになった腕の中で少し苦しそうにしながら、ドニは笑っていた。

「あんたの言う通り、根本的な問題は残ってるのかもしれないけど……とりあえず、丸く収まったみたいだな」

ルツに話しかけるが、反応がない。気になって顔を覗き込んでみると、彼女は声を押し殺して泣いていた。

「雨漏りが……ひどいな。この、ボロ教会……」

顔を背けながら彼女が言う。

「ああ、そうだな……」

・・・・・・・・・・・・・・・・・

「シスタールツ……これを。私たちからの、せめてものお礼です」

司祭が差し出したのは、真新しいベールとシスター服だった。

「これは……」

「ルツちゃん、この前来た時から、修道着が破れちゃったって言ってたでしょう?急いで縫ったのよ、大変だったんだから!」

そう言って笑うシスターの、継当てだらけの服をちらりと見た後、ルツは深く頭を下げると、シスター服を受け取った。

「ありがとうございます……。大切に、着させて頂きます」

「お姉ちゃん、今着てみてよ!」「俺も、修道着のルツ姉ちゃん見てみたい!」

「え?私の服なんて見ても、面白くないでしょう……」

『見たーい!!』

「そ、そう?そんなに見たいなら、しょうがないですね……」

まんざらでもなさそうな様子で、ルツが物陰に隠れる。着替え終わって出てきたのは、けっこう綺麗なシスターだった。

「きれー!」「かっけー!」

「ありがとう、みんな……」

柔らかく微笑む横顔も、なんだか気品にあふれている気がする。身に着けるもので、こんなに印象が変わるものなのか。

「ふふん……どうだ、ポンコツ魔導士殿」

「凄いな。まるでルツがシスターみたいに見える」

「シスターじゃボケ。まあ、伝えたいことは分かるぞ。私のシスターとしての美しさに思わず惹かれてしまったと言いたいんだろう」

「いや、そこまでは言ってない。けっこうきれいだなと思ったくらいだぞ」

「お前さ、私への評価辛口じゃない?」

「あんただって、俺の事ポンコツとか言ってくるじゃないか」

「それは事実だからいいんだよ」「なら俺も、思ったことを正直に言ってるだけだ」

「やるか?ヘボ魔導士……」「……………(すいません許してください)」

「おねーちゃん、あそぼー!」

「……っ。え、ええ、いいですよ」

「助かった……」

去っていくルツたちを見送りながら、俺はほっと肩を撫でおろした。

・・・・・・・・・・・・・・・・・

「これ、大したものじゃないけど」

子供たちがルツと遊びに出ていったあと、司祭に俺からの贈り物を渡す。

「この石は……?強いマナを感じますが」

「正解。魔術の研究に使う試薬だ。ソフィアの街へ行って売れば、それなりの値段になる」

「感謝します。あなたに、女神のご加護があらんことを……」

「気にしないでくれ。ルツがあんなに頑張ってるのに、俺だけなにもしないのもな、って思っただけなんだ」

本当は森で拾ったような、でかいやつを渡したかったんだが……全力で魔方陣へマナを流し続けても、できたのは指先ほどの大きさしかないマナストーンだった。まあ、一夜の急ごしらえにしては、上出来だと思っておこう。

昼頃、ルツが旅立つ。教会のみんなと見送る。

「結局、妹魔導士殿は間に合わなかったか。道にでも迷ってるんじゃないだろうな?」

「大丈夫だと思う。あいつは、俺よりも地図を読むのが上手いんだ」

「間抜けのお前と比較しても、参考にならない気もするがな。まあ、昨日の朝ソフィアを発ったとしても、おそらく今日中には着くだろう」

「のんびり待つさ。時間はたっぷりあるし」

「合流した後の予定は?」

「なんもない」

「だろうと思った。リブラルブラを目指せ。あそこには魔術ギルドの本部がある。お前はともかく、モモほどの実力があれば、飯を食いっぱぐれるってことはないだろうよ」

「おー……なるほど。魔術師ギルドか。確かに」

「なんだ、その間の抜けた反応は。やっぱりお前はポンコツだな。まあいい、これはお前たちの分だ」

「なんだ、この小袋?」

「さっきのクッキーさ。二人で食べな」

「ほんとにクッキーが入ってるのか?随分重いけど……」

「じゃあな。せっかく助けたんだ、野垂れ死んでくれるなよ」

「ああ。色々世話になったな。ところであんたは、これからどこへ行くんだ」

「教えると思うか?」

「いや……」

にやりと笑って、ルツが背を向ける。

「おねーちゃん、ばいばい!」「また来てくれよなー!」

子供たちの声へにこやかに手を振って答えながら、ルツが歩き出す。

微かに不自然なマナの流れを感じた。

ぐしゃ。

鈍い音がして、急にルツの歩みが止まった。

微笑みを浮かべたまま、彼女の頭がずり落ちていく。首から噴水のように血が噴き出す。

首元で止めてあったマントが落ち、ベールが風に舞う。真新しい修道着が赤黒く染まっていく。子供たちが悲鳴を上げ、シスターはショックのあまり倒れる。

そんな地獄の中、ただ一人笑っている奴がいた。

モモはキラキラした笑顔を浮かべながら、俺へ向かって叫ぶ。

「おにいちゃーーん!殺した―――ッ!!」

目の前が真っ赤になるほどの怒りに駆られて、俺は叫び返して走り出した。

「この、バカ野郎――ッ!!」

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