15『正義ってなんなんだ』
「あらぁ~、ルツちゃん!もう帰って来たのねえ~!」「シスタールツ、お帰りなさい」
教会の中で俺たちを出迎えたシスターやブラザーは、みんなスケルトンみたいに痩せこけていた。食うものがないのか?街路沿いの小麦畑の実りは良さそうに見えたんだが……。
「なんだお前、おねーちゃんの家来かー?」「弱そう!」
やっと俺の存在に気付いたらしい子供たちが、ルツが司祭たちと話している間の暇つぶしのつもりなのか絡んできた。
「ひどいな。まあ、弱いけど」
「おねーちゃんはね、とっても力持ちなんだよ!」
「ああ、知ってる」
「それにすげえ金持ちなんだぞ!最初に来た時にな、荷台にい~~っぱいの食べ物を持ってきてくれたんだ!」
「そうなのか。意外だな」
「戦争で戦ってるラコニア人は悪魔だけど、ルツおねーちゃんは良い人なんだよ!」
「悪魔は、ちょっと言い過ぎじゃないのか」
何気ない一言だったが、それで子供たちの表情が一変した。
「そんなことないッ!僕たちのおとーさんとおかーさんはみんな、あいつらに殺されたんだッ!」
「そうか、お前たち、孤児か……。ごめん、知らなかったんだ」
「お前、肌が白いわね!ラコニア人じゃないの!?」
「生まれたのはラコニアだけど、ブリタニアで育った。お前たちの味方だぞ」
「嘘つけ!ラコニア人の味方する事言ったじゃんか!」
「それは謝る。ごめんな……」
子供たちは敵意に満ちた視線で俺を睨んでいる。ううむ、やってしまったな。
「ごめんで済んだら、衛兵は要りません!」「いて」
ルツに軽く額をチョップされた。
「おねーちゃん!もうお話終わったの?」
「みんな、許してあげてね。この人はずっと学園で勉強ばかりしていたから、外の世界の事を何も知らないのです」
「うっ、否定できない……」
「えーっ……。うーん、わかった、おねーちゃんが言うなら、許す!」
「おねーちゃんに感謝しろよ!次やったら頭を切り落とすからな!」
「なんかルツみたいなこと言ってる……」
「さあみんな、今日は一日、いっぱい私と遊びましょうね!」
『はーいっ!』
ルツが子供たちを連れて外へと駆け出していく。俺はどうするかな……適当な木陰で、魔術の練習でもしていようか。村を見て回るのもいいかもしれない。ソフィアの外に出るのなんて、初めてだからな……。
「おい、お前!」「ん?忘れ物か?」
さっきルツと外へ出ていったはずの一人が、戻ってきていた。
「何やってんだよ、みんな待ってるぞ!」
「いや、俺は……」
「仲直りしたんだろ!一緒に遊ぶんだ!」
「腕引っ張るなって。はぁ、分かったよ。運動は苦手なんだけど、それでもいいか?」
「よくねーよ!あっちのチームにはルツねーちゃんが入ったんだからな!」
「何をやるのかは知らないが、勝ち目はなさそうだ……」
「お前大人なんだから、頑張れよなー!」
毛皮を丸めたボールを使って、子供たちと球蹴りをした。ルツがかなり手加減してくれたおかげで、結構いい勝負になった。
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草っぱらに寝転んで、茜色の空を見上げる。
「超楽しかった……」
「おっまえ、大人のくせに遅いな!」
「ああ……。ごめんな、俺のせいで負けちまった」
「謝んなよ!お前、頑張ってたじゃんか!」
奴は俺に手を差し伸べた。握手を交わす。
「みんな!ご飯ができましたよ!」
教会からブラザーが声を掛けると、子供たちの注意は一斉にそちらへ向いた。
「じゃあな、また遊ぼうぜ!」
子供たちは元気に教会へ走っていく。あいつらの体力は、無限に回復するのか?
周りに人影がなくなった後も、俺はぼんやりと雲が流れるのを眺めながら、息が整うのを待っていた。秋風が汗を乾かして涼しい。さっきまでの騒がしさが嘘のように、辺りは静まり返っていた。
「よう、ポンコツ魔導士殿。無様な姿だな」
「あんたは超優雅だったな。あの、蹴ったボールが曲がるやつ、まるで風魔法を使ってるみたいだった」
「蹴り方にコツがあるのさ。小さいころ、親父……みたいなやつに教わった」
「みたいな?」
「飲め」「これは?」
「井戸水だよ。わざわざ汲んできてやったんだ、感謝しろよ?」
体を起こし、差し出されたコップを受け取って一気に飲み干す。
「くう、染みるな……。たくさん動いた後の水って、こんなにうまいものなのか」
「その大発見を、魔導書にでも記してみたらどうだ」
「うーん、これは体験が伴っていないと理解しづらいから、文章で伝えるのは難しそうだな」
「なに真面目に答えてんだよ。からかっただけだろ」
「そうなのか。水、ありがとうな。嬉しかった」
「からかいがいのないやつ……。おい、頼みがある。さっさと立って、ドニを呼んでこい」
「ドニ?これから食事だって言ってたぞ」
「その方が都合がいい。他の子供たちに聞かれたくない話なんでね」
そういえば、ルツはドニになにかお願いをされていたみたいだったな。その話だろうか。
「分かった。行ってくる」
「コップは教会のだ。返しとけよ」
ルツに腕を振って返事をして、教会へ向かった。
礼拝堂には誰もいなかった。奥から声がしたので扉を開けてみると、キッチンと一緒になった食堂で、大勢の子供たちが薄そうなスープを啜っていた。シスターの一人に呼び止められ、食事を勧められたが断った。だいぶお金なさそうだし、ルツを待たせると怖いし。机の隅にいるドニを見つけ、声をかける。彼は怯えたようなそぶりを見せたが、ルツが呼んでいると言うと、真剣な顔で頷き、立ち上がった。周りの子供はみんな食事に夢中で、俺たちの事を気にしている奴は誰もいなかった。
「シスタールツ……。あの……」
ドニはルツと向き合うことができず、俯いていた。
「安心してください。彼があなたの魂を傷付ける事は、もう二度とありません」
「本当!?……でも、あの魔導士のおじさんは、どうなったの」
「それは、あなたが知る必要のないことです」
「うん……。ごめんなさい……」
「ドニ。あなたは何も悪くないのですよ。さあ、俯いてばかりいないで、私の為に、前を向いて笑顔を見せてくれませんか?あなたの恐れの源はもう、消えてしまいました。残ったのは、あなたを愛する人々だけです」
ルツは微笑みながら背を屈め、目の高さを合わせて優しくドニに声をかける。だがドニが顔を上げることはなく、表情をさらに曇らせると言った。
「司祭様も、シスターもブラザーも、きっと、僕のことが嫌いなんだ……」
「なぜ、そんな風に思うのですか?」
「だってッ……!あの魔法使いが僕を馬車に乗せた時、司祭様と話をしてたんだ!司祭様は、魔法使いがどんなつもりか知ってたはずなのに、僕には何も教えてくれなかった!魔法使いはただ一緒に寝るだけだって言ったから、それを信じてたのに……」
「ドニ……」
「シスターもブラザーも!僕がされた怖いことを話して、あの魔法使いをやっつけてって頼んだのに、みんな司祭様とおんなじで、泣きながらごめんなさいって言うだけだった!謝るくらいなら、どうして僕を馬車に乗せたの!?みんな本当は、僕のことなんかどうでもいいんだ!司祭様たちは、マシュやカミュみたいに元気な子のことが好きで、僕みたいになよなよした男は、誰も愛してくれないんだ……!」
「私がいます。私は、あなたを愛している。あなたはなよなよしてなどいません。繊細で優しい心を持った、素晴らしい男の子です。
ねえ、ドニ。私の話を聞いてくれますか。あなただけに教える秘密です。実は……」
「え……?お姉ちゃん、それ、本当なの……?」
「ええ。あの悪い魔法使いから聞いたことです。間違いありません」
「じゃあ、司祭様たちが泣いてたのは、嘘泣きじゃなくて……」
「あなたが傷付くのを止められなかった事を、心の底から悔いていたのでしょう。ドニ、あなたは、愛されているのです。私からも、司祭様からも、ブラザーや、シスターたちからも……」
「お姉ちゃん……」
男の子は顔をくしゃくしゃにゆがめながら、ルツの胸へと飛び込んだ。ルツは彼を優しく抱きしめ、穏やかな顔で目を閉じた。
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「ドニに言った秘密ってなんだ?」
ひとしきり泣いたドニは、憑き物が落ちたように明るい顔になった。彼がご飯を食べてくる、と教会へ駆けていった後、ルツへ尋ねる。
「『悪い魔導士は、いうことを聞かなければ教会の子供を皆殺しにすると、司祭様を脅していた』。まあ、あの男が司祭様に金貨を積み上げたってのが、本当のところだがね。金で売られたと知るより、自分の犠牲がみんなの命を救ったと思っておく方が幸せだろ」
「嘘をついたのか……」
「物事を別の観点から見て伝えたと言ってほしいね。実際あの教会の経営は火の車だった。奴からの寄付を断ることは、飢え死にを選ぶことと一緒だったろう」
「その魔術師は、教会にお金がないことも全部分かった上でそんなことをしたのか……。なんて奴なんだ。会ったら、ぶん殴ってやりたいぞ」
「もう会ってるよ。ドニを買っていたのは、ゴールドマンだ」
「え……?でも、ドニもゴールドマンも男じゃないか。ドニは悪い魔術師に、その、性的な暴力を振るわれたんじゃないのか」
「ヒントをやろう。ケツの穴」
「……………。ゴールドマンのは、そんなに小さかったのか……?」
俺の言ったことが気に入ったらしく、ルツはげらげら笑った。
「正直、信じられないよ。すぐ近くに、そんなとんでもない事をする奴がいたなんて……。だってさ、学園長は確かに嫌な奴だったけど、頭は良くて、話も通じる、ちゃんとした人間だったんだ」
「罪を犯すのが狂人だけだと?馬鹿だろ、お前。人の皮を被った獣は、世の中にごろごろ転がってるよ。一歩いけば必ず靴先に当たるくらいにな。道徳は欺瞞だ、騙される方が悪い、ばれなきゃいい、そう思ってるんだ、そういう奴らは。実際悪人は善人よりも成功する。そうやってゴールドマンは学園長にまで登り詰めたんだろう。
だが……女神様は全てをご覧になっている。どんな形にしろ、報いはいつか必ず訪れる……」
「あんたは、あの男の子を救う為に学園長を殺したのか」
「技術と物資の流出を止め、戦争を終わらせるためだ。ドニとここの教会の事に関しては、私のしたことは自己満足に過ぎない」
「そんなことはないだろ。だってドニは、もう変な事されずに済むじゃないか」
「彼一人が犠牲になれば、教会の全員が食いつなげた。私が資金源を殺した今、司祭様やシスターかブラザーの中から病人が出るのは時間の問題だろう」
「誰かを犠牲にするやり方が正しいって言うのか?何かほかに方法があるはずだ。そうだ、村の人たちから、代わりに寄付してもらえばいいんじゃないか?」
「……エン、この村が得る小麦の実りのうち、何割が税に取られるか知ってるか?」
「分からない。半分くらいか?」
「戦争の前はそれより少なかったそうだが、今は八割だ。村の奴らは食いつないでいくので精いっぱいで、服を買い替える余裕すらない。なあポンコツ魔導士殿、その優秀な頭で考えてもみろ。今にも死にそうになっている司祭様らの姿を見れば、少しでも良心のある奴なら、出せる金なんぞとっくに出し尽くしてるに決まってるだろうが、ああ?」
「あんたの言う通りだな……考えが足りなかった。誰も犠牲にしないためには、結局戦争を終わらせるしかないってことか」
「分かればいい。じゃ、私は村の外の宿に行ってくる。さすがにまだ着かないとは思うが、万が一モモが来たら呼んでくれ」
「宿?教会に泊めてもらえばいいんじゃないのか」
「稼いでくる。良心を失った代わりに、性欲を肥大させた猿ども相手にな。そういう奴に限って小金を蓄えているものさ」
「ルツ……」「言っておくが、説得は無駄だ。それとも、お前が金を出してくれるのか?」
「そうじゃない。覚悟を決めてやってることなら、俺に止める権利はないと思う。あんたの場合、オドのこともあるしな。ただ、もし教会の人たちにバレたら、どうするんだ」
「クククッ……心配ご無用、ってな。頼む、『ポリモーフセルフ』」
彼女が指を一つ鳴らすと、ルツの長い髪が見る間に首のあたりまで縮み、髪色は朝焼けの様な薄黄から、淡く透き通った桃色へと変わった。
「嘘だろ?シスターなのに、魔法が使えたのか……」
「まさか。ちょいと精霊に力を借りただけだよ」
「精霊?ってことは星術か」
星術は、エルフによって生み出された、奇跡の原型になったともいわれている業だ。オドを精霊に捧げる事によって、様々な効果のある術式を発動できると聞く。術の性質としては、ちょうど魔術と奇跡の中間に近い。
「エルフに知り合いがいてね。そいつに教えてもらった」
「へえ……。それにしてもどういう仕組みになってるんだ、いきなり髪が短くなるなんて……」
「お前が今まで髪だと思っていたのは、光の精霊が見せた幻だ」
「え、じゃあ本当は髪がない……いてっ」
「阿呆が。地毛だこれは」
「殴ることないだろ……。見た目はまるで別人でも、中身は一緒だな」
「あら、そんなことはありませんよ。私はルツ・エレイソン、女神の非力な仔羊……。そんでもってアタシはリリス、しがない娼婦さ……」
「なるほど。そうやって口調も使い分ければ、バレる心配はないってことか」
「そういうことだ。伊達に長い事旅は続けてない」
「引き留めて悪かった。じゃあその、頑張って稼いできてくれ」
「ああ。別にお前のためじゃないがな」
凛とした歩き方で去っていくルツの事を、俺は正義とは呼べない。だが彼女はいつも淡々と自分のできる事を見定め、誰かを救うために動き続けている。
俺は……何ができるんだろう。戦争が罪のない人々の命を脅かしているのだと実感した今、これまでのように、のほほんとした暮らしを続けることはできそうになかった。
モモが来たら、二人で話し合ってみよう。困っている人を助けるために、俺たちでできることはないかを。俺たちなりの正義って、何なのかを……。




