14『優しいおねーさん』
「ま、敗けた……ッ!」
ぼんやりとした意識の中、ルツの悔しげな声が聞こえた。あくびを一つしてから、彼女に話しかけた。
「終わったのか?じゃ、もう遅いし早めに寝た方がいいぞ。明日も歩くんだろ」
「うっ……ぐう、私の愛撫を受けながら眠るだと……?」
「いや……丁寧にしてくれてるのは感じたぞ、うん。なんか、心が温かくなった」
「勘違いするな。私はお前を快楽で支配するために技術を使っていたに過ぎない。愛情なんざほんの少しも込めちゃいないさ」
「俺は愛情なんて言葉使ってないぞ。そっか、ルツは愛情を込めてくれてたのか。だからあんなに温かかったんだな」
「ふざけるな。そのおめでたい頭を切り落としてやろうか?」
「はは、面白い冗談……すいません、調子に乗りました」
ルツは引き抜いたショートソードを鞘に納め、ベッドのわきに立てかけ直すと、俺の隣に投げるようにして体を横たえた。
「ああ畜生、完敗だ。思いつくことは全てやった。クク、ここまでピクリともされないと、いっそ清々しくさえあるな。……なあ、もしかして勃たないのは、お前が悪魔憑きなことと関係があるのか」
「ああ。あんたもそうみたいだけど、俺は生まれつき、オドを作る能力が低かった。イサク爺さんに拾われて、オブシディアに入る時……二度と悪魔憑きになったりしないように、手術をしたんだ。成功はしたみたいなんだが、後遺症で全然エロい気分にならなくなった」
「手術……だと?オド欠乏症を、根本から治す方法があるってことか!?」
「めっちゃ食いついてくるじゃん。まあ、あるにはあるんだけどな……」
「あるにはある、だと?あれだけ探しても見つからなかったってのに……。どうやるんだ!?」
「その、あるものを体内に埋め込んだんだ」
「もったいぶるな!ある物ってなんだよッ?なにを埋め込めば、まともな人間になれる!?」
「言いたくない……グッ!」
ルツが俺にまたがり、首を絞めてきた。呼吸ができず、頭に血が溜まっていく。
「早く言えッ!この呪われた体質とおさらばできるならなぁ、どんな代償だって支払ってやるよ!」
「落ち着け……」
「言えよォッ!!頼むからさァ!!」
ルツは完全に我を失っているようだった。彼女が泣きそうな顔をしているのに気付いた俺は、無理やり声を絞り出した。
「双子……の、きょうだい、いるか……」
「いない!」
「なら、できない……」
ハッとした顔になって、ルツが腕に込めていた力を抜いた。俺は喉を抑えながら、激しく咳き込んでしまった。
「そうか。そういうことか……」
「そういうことだ。この方法が世の中に広まってない理由も、分かるだろ……」
呆然とした顔で俺を見下ろしていた彼女は、俺から降り、ひざまずくように崩れ落ちた。
「許してくれ……私は自分の身を助けたいばかりに、お前の心に土足で踏み込んでしまった……」
「知らなかったんだからしょうがないさ。オド欠乏症って差別されるし、治せるものなら治したいよな。特にあんたはシスターだし、奇跡を使うのも大変……」
言いかけて、自分の言葉に引っかかる。そうだ、奇跡は大量のオドを消費する。今までラコニア軍と戦ってきたということは、ルツは奇跡を頻繁に使っていたはずだ。一体どうやってオドの補給を……。
「もしかして、あんたがシスターなのにエロいのは、男達の精液からオドを摂取するためか?」
「人の肉を喰らうのとどちらか選べ、と言われたら、誰だってそうするだろ。処女は守ってる。それが私なりの線引きだ」
「なら本当は、エロいことが好きだってわけじゃないんじゃ……」
「好きかどうかなんざどうだっていい。姦淫は罪だ……一度犯した罪は消えない。ならとことんまで、この体を利用し尽くすだけだ」
「…………」
気まずい沈黙の後、ルツがベッドに入ってきた。
「あーあ、女神様に怒られちゃうな」
「気にするなよ。俺は気にしてないぞ」
「『女神は乗り越えられない誘惑を与えない』ってな。それなのに私は、自分が助かればそれでいいと思ってしまった……」
「意外と繊細なのな。じゃ罪滅ぼしにさ、一つお願いを聞いてくれよ」
「内容による。っておい、なんだよ、抱きつくな……」
「胸って、いいな。いいものだな。この包まれる感覚……最高だ。」
「ああ、そしてお前は最高に頭の悪い事を言ってる」
「ひどいな。とにかくこれで、俺も女神様もにっこりだ。あんたが気に病むようなことは何もない」
「胸に顔をうずめた男には銀貨一枚を請求するところだが、女神様を盾にされちゃあな。いいだろう、取引に応じてやる。この豊満なおっぱいに包まれて安眠するがいい」
「取引って、そんなつもりじゃなかったんだが……まあ、いいか。ほおずりー……」
「くっ……ふふ……。くすぐったい。タダだと思って、好き勝手しやがって……」
「なあ……。母さんって、こんな感じなのかな……」
「なに……?」
「小さいころ、オブシディアの学園長だったイサク爺さんに拾われたんだ。その前の記憶はほとんど残ってない。だから俺、母親ってものがどんなものなのか、よく分からないんだよな」
ルツは考え込むように黙り込んだ。俺の背中に添えるように回されているだけだった彼女の腕に力が入り、お互いの体が密着する。
「どうしてこんなにも愚かな男がいるんだと思っていたが……なるほど、お前は男でさえなかったというわけだ。ただの、子供なのか」
「エロいことができないからってバカにするな。どう見たって大人だろ、俺」
「そういう意味じゃない。子供をきっちりと終わらせてからでないと、大人にはなれないのさ……」
ルツはよく分からない事を言った。
「母、か。私にそんな価値を見出す人間がいるとはね……」
触れ合った肌から伝わる温もりに包まれて、安らかな気持ちで眠りについた。
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宿屋の酒場で朝食を済まし、イソルデ村へ向かって街道を進む。ルツの歩調は驚くほど速く、俺は何度も置いて行かれそうになった。その度に彼女は俺を鬼のような厳しさで急かした。休みたいと言っても村まで我慢しろ、の一点張りで、靴擦れができて痛いのだと言ったら、あいつはニコニコ笑いながら俺の木靴を取り上げ、なら裸足で歩けよと言った。昨日の夜の優しさは夢か何かだったのだろうかと思いながらしばらく進むと、彼女が不意に立ち止まり、俺へ木靴を投げてよこした。履いてみると擦れる感じがなかったので中を覗いた。かかとの内側がダガーで少し削られていた。やっぱりルツは優しいのかもしれないと思った。俺はちょろいのだろうか。
道中、一つ変なことがあった。歩いていたら、空から光る石が落ちてきたのだ。それも普通にではなく、まるで風魔法を使ったかのようにゆっくりと。興味を惹かれた俺がその石をジャンプキャッチした瞬間、頭のなかで声が聞こえた。『選ばれし勇者エンよ、救いの塔を目指しなさい』と。
うわキモ、と思った俺は一瞬でそれを放り投げた。随分前を歩いていたルツがこっちを向いてそれを見ていた。石でおてて遊びする余裕があるならもっとキリキリ歩けるよな?と脅迫された。泣く泣く俺は歩調を速めたが、気になって投げた石の方を見た。
草むらの中に落ちたそれはまるで怒ったように赤く光り、ひとりでに震えて羽虫のような耳障りな音を立てていた。なんだか怖くなった俺は、より歩調を速めてその場から逃げ出した。
「つ、着いた……ッ」
抜けるような秋空のてっぺんに太陽が届いたころ、ようやく村にたどり着く。入口の小さな門は開いていて、横に槍を持った野良着姿のおじさんが一人立っていた。野良着はひどく痛んでいて、あちこち継ぎあてがしてある。
「おう、シスターさん、お帰りかい!ソフィアはどうだったね?」
「とても活気のある、素晴らしい町でした。魔法学園の中も見学させていただきまして、旅の良い思い出になりました。ただ、肝心の布教の方の成果は、あまり芳しくはありませんでしたが」
あ、清楚モードだ。
「だから言ったろう?あんなところ行ったってしょうがねえって。オブシデアだがなんだか知らねえが、あそこの魔法使いどもは自分らを王様か何かだと思ってるんだべ。『女神様?へっ、その女は魔法を使えるのか?』てな具合だ。ほんに罰当たりな奴らだよ」
うーん、ゴールドマンのせいで、だいぶ魔術師のイメージが悪くなってるみたいだな……。
「古来より、『魔力は神力を拒絶する』と言います。彼らの傲慢さだけが、魔導士に信仰が広まらない理由ではありませんよ」
「へ?なんだべ、そりゃ」
「奇跡を使われると、魔術師は魔力が乱れてしばらく魔法が使えなくなったりするんだ。だから俺たちは、ちょっとした病気程度なら教会に行かなかったりして、女神様に触れる機会が日ごろから少ないんだよな」
「へえ、そうなんだべか。って、あんちゃん誰だ?随分とへばっとるみたいだけども」
「オブシディアで教授をなさっている、エン様です。たまたま行く先が同じでしたので、ご一緒させていただいております」
「き、教授!?あちゃぁ……。す、すんません、さっき言ったことは、そのう……」
「確かに最近は調子に乗ってる教授が増えてるしな。王様みたいだって言われても仕方ない。でも、魔術師がそういう奴らばかりだとは思わないでくれ。生徒の中には、いいやつもいっぱいいるんだ」
本当はもう教授は首になっているんだが、ルツに合わせておく。
「おう……あんたは他の教授みてえに、えばった話し方しねえんだな」
「そういうのは柄じゃない。威張れるほど凄い魔術師でもないしな」
「ほかの魔法使いも、あんたみてえに謙虚ならなあ……」
と、村の教会の扉が開いて、中から子供たちが飛び出してきた。遠くからでも、元気な声が聞こえてくる。
「おーい、わっぱども!シスターさんが帰ってきたぞ!!」
門番が呼びかけると、子供たちは歓声を上げ、手を一杯に振りながら向かってきた。ルツは口元を綻ばせて手を振り返しながら、駆け足で彼らのもとへ向かう。
「おねーちゃんだー!」「ルツおねーちゃーん!」
子供たち囲まれて幸せそうな笑みを浮かべる彼女は、とても学園長を殺した女と同一人物とは思えなかった。少し後ろを一人で付いて行く。
「お土産ある?」「ねー、遊ぼうよー!」「今度はいつまでいるのー?」
「お土産はありません。ごめんね。これから司祭様にご挨拶をしに行くから、それが終わったらいっぱい遊びましょう。明日の昼には立つつもりです」
『えーっ!?』
「そんなに早く行っちゃうの?」「もっと一緒にいようよ!」「新しいお歌、たくさん教えて欲しかったのに!」
「ごめんね……。でも、長く滞在することはできません。私には、使命があるから……」
ブーイングが響く中、女の子の様な顔立ちの男の子が必死な表情で人混みをかき分け、ルツのマントを掴んだ。
「お姉ちゃん……。怖い魔法使いのおじさん、やっつけてくれた……!?」
「……ドニ。その話は秘密にするって約束しましたよね」
「うん……。でも、僕、ずっと怖くて……いつかまた馬車が来て、あのおじさんの家で痛い事されるんじゃないかって……」
「こそこそなにを話してんだよ、ドニ!」
後ろから肩を叩かれた彼は、びくりと肩をすぼめ、俯いて目をつぶった。ルツは憐れむような視線を彼に注ぐと、ドニを強く抱き締め、そのまま抱え上げた。
「ああ、ドニばっかりずるい~」「私もだっこ!」
「はいはい、ケンカしないで下さい。後でみんなにもしてあげますから」
「子供が大好きなんだな、ルツは……」
ゆっくりと小さな教会へ歩いていくルツたちの姿を後ろから見守りながら、俺は初めて彼女の幸せそうな顔を見れたことに嬉しさを感じていた。




