12「今回も人が死にます」
ゴールドマンとモモは、テーブルをはさんで向かい合って座っていた。
俺の顔を見た途端、モモは涙をぽろぽろこぼしながら駆け寄ってきた。ひどい顔をしている。表情は疲れ果て、目は赤く腫れていた。
「お兄ちゃん……お兄ちゃんっ……!」
「遅くなってごめんな……もう大丈夫だ」
モモを胸に抱きとめる。
「朝からずっと、身に覚えのない盗みの事を聞かれ続けて……やってないって何度もいったのにっ、ほ、本当のことを言うまで帰さないって、言われてっ……」
「自白の強要か……やり口が汚ねえな」
隣のルツが、俺にだけ聞こえるような小声でつぶやいた。
「ゴールドマン……お前、どういうつもりだ。人を部屋に閉じ込めて、一日中問い詰め続けるのは、とても失礼なことだぞ」
脚を組み、長いあごひげをいじりながら、偉そうに奴は言う。
「誰も中に入れぬよう言っておいたはずだが……マシューにはあとで罰を与えねばならんな」
「昨日の夜保管庫に入ったのは俺だ」
「ああ、そうだろうとも。その、どぎつく光っているのを見れば嫌でもわかるというものだ」
「なら、モモは関係ないって分かるよな」
「当初の筋書きからは外れるが……まあ、よかろう。
モモ君、下がりたまえ。長い間悪かったね……。だが、君が常日頃から我が学園の方針に反するような行為を繰り返していなければ、私も愛しい生徒の一人である君を疑うことはなかったのだよ。分かったら、くれぐれも素行には気を付ける事だ……」
「自分が間違ったくせに、どうして偉そうなんだよ……」
出来れば今すぐモモをこんなところから出してやりたいが……モモは俺の腕の中で泣きじゃくっている。落ち着くまでは無理か。
「して、ローディー。君はなぜ我が学園の保管庫に侵入し、貴重な品々を盗んだのかね。申し開きを聞こうではないか」
「横にいるこいつを助けるために、薬の材料が必要だった。……死にかけてたんだ。朝を待って手続きをする余裕なんてなかった」
「ふむ、君は……」
「ルツ・エレイソン。女神の非力な子羊です。昨夜森で野犬の群れに襲われ、死にかけていたところをエン様に救っていただきました」
「野犬か。あの森にそんなものが住み着いていたとはな……」
「長旅で疲れ、まどろんでおりましたので、気付いた時には囲まれており、腕に、脚に、腹に噛みつかれました。必死に治癒の奇跡を唱えて逃げ出したのですが、何度も追いつかれ、肉を食いちぎられて……うう、あのような体験は、もう二度としたくありません。命からがら逃げきったころには、奇跡の使い過ぎで私のオドは尽きておりました。精も根も尽き果てて地に伏せ、女神の御許へ向かうときを待っておりますと……騒ぎを聞きつけて駆けつけてくださったエン様に助けられ、生き永らえることができました。ゴールドマン様、自らの危険を顧みず、見ず知らずの私を助けて下さった彼の優しさは並々ならないものです。どうか、寛大な判断をお願いいたします」
ルツは話すのが上手だなー。よくあんなすらすらと言葉が思いつくものだ。
「大変な目に遭われたことには同情する。また、その様な事情があったことも了解した。だがどのような理由があろうと窃盗は窃盗だ。このローディーには相応の報いを受けてもらわねばならん」
「分かってるさ。悪いことをしたんだ、罰は受けなきゃいけない」
「君の量刑を決めるにあたって、三つ質問がある。一つは、真に後ろ暗いところがないのなら、なぜすぐに申し出てこなかったのかということだ。今まで君は何をしていた?卑しいローディーであるお前の行動のせいで、私やオブシディア職員の貴重な一日が失われたのだぞ。到底許されることではない」
「日中はずっと魔術の練習をしてたよ。……確かに、あんたの言うとおりだ。本当ならすぐに学園に行って、事情を説明するべきだったな。すまない。ただ、盗んだものの価値が高すぎたから、死刑になってしまうんじゃないかと思って、ビビって言い出せなかった」
「信用できんな。盗んだものを売り払い、証拠を隠滅していたのではないかね」
「彼の言っていることは本当です。彼は一日中ずっと、私の為に女神像を彫って下さっていました」
「二つ目の質問は、貴女の素性についてだ。見たところラコニア人のようだが、現在全ての国境は封鎖されている。一介の修道女が、なぜこのソフィアまでたどり着けたのかね。また、見ず知らずの貴女の為に、このローディーが盗みを働いたと言うのも腑に落ちん話だ。
本当は貴女は修道女などではなく、ラコニアのスパイなのではないか?そしてこのローディーと前々から繋がっていたのではないかね」
「ごもっともな疑問です。旅の宣教師を騙り、敵国のスパイをする……残念ですが、この戦時ではありふれた手口になってしまいました。ですが私は確かにシスターですし、私とエン様の出会いは偶然です。……これをご覧下さい」
彼女が革袋をあさり、羊皮紙のスクロールを取り出した。受け取ってそれをほどき、中身を読んだ学園長の顔つきが変わっていく。
「驚いた……これは……」
「ブリタニアはアルカンにおわす教皇、クレメンス様から頂いた委嘱状です。私は教皇様より、あの御方の代わりとなって世界に導きを満たすよう命じられております」
「まさか、『教皇の指』にお目にかかれるとはな。これまでの無礼を許してくれたまえ。私には、オブシディアを守る者としての責務があるのでね」
ん?なんか、ルツってすごいシスターなのか……?
「疑われることには慣れております。お気になさらず」
「しかし、ルツ殿が正当なシスターだとなれば、なぜこのローディーはそこまでして貴女を……」
「エン様は……私を一目見て、その、女神様のお導きを感じたそうなのです。私を背負いながら、彼は情熱的な愛のお言葉を……。神に仕える身ですのでお断りさせていただきましたが、とても、嬉しく思いました……」
モモが俺にしがみついていた腕を離し、ぎろりと俺を睨んだ。まだ目は腫れているが、大分落ち着いたみたいだ。
「いや、捏造だが。恋とかよく分からんし」
「クハハハ……!!薄汚いローディーが、発情したか!下らぬ肉欲の為にその身を滅ぼすとは、無能なクズにお似合いの末路よ!!」
「え、滅びるの、俺……」
「最後の質問だ、ローディー。昨晩、お前が盗んだ品を申してみよ」
学園長は引き出しから書類を取り出すと、俺に言った。
「女神の涙一瓶、吸魂石三欠け、浄化草二本」
「まるで足りぬな。薬商人どもに棚卸しさせて確認したところ、盗まれた品物は三十六点、金貨四百七十三枚分だ。トラペゾへドロン一錐、ブラッドクリスタル三柱、ダークマター六瓶、ペインエーテル十五本……」
読み上げられていく素材の名前を聞いて、隣のルツの表情が変わった。彼女は学園長の持つ書類を見て、微かに口の端を吊り上げた。
「もう十分だから読むのをやめてほしい。みんな最高クラスの試薬……しかも、大規模な破壊魔法の触媒に使う奴ばかりだな。……あのなあ学園長、戦争を始めるわけでもあるまいし、俺がそんな物騒なものわざわざ持ち出すわけないだろ」
にたりと笑い、学園長は俺に指を突き付けた。
「語るに落ちたなあ、エン君。そう、戦争!私が懸念していたのはまさにその点なのだよ。知っての通り、オブシディアはブリタニア領にありながら、戦争について中立の立場を貫いている。これは崇高な魔法の力を破壊や殺人に使ってはならないという、代々の学園長に連綿と受け継がれてきた教えがあるからだ」
「ああ」
「しかし!奇妙なことに、最近になってラコニア軍が使用する魔導兵器の質が急激に上昇しているのだ。まるでオブシディアの誰かが、試料や技術を流出させているかのように!」
「そうなのか。悪い奴もいたもんだな。爺さんが知ったら悲しむぞ」
「まだシラを切るというか。他ならぬお前のことだ、エン・ドゥ!」
「……は?」
「待ちなさいよ……私の時と言ってることが全然違うじゃない!盗まれたのはイサクおじいちゃんの持ち物だけじゃなかったの!?あれの価値を知っているのはおじいちゃんに可愛がられてた私たちきょうだいだけだから、私が罪を認めなければ、お兄ちゃんが罰を受ける事になるだろうって、あんた、そう言ってたじゃない!!」
「私はそんなことは言っていない。あまりこの犬をかばい立てすると、貴様も同罪に処すぞ」
「お兄ちゃんをどうするつもりよ!」
「ククク……この男には『検体』になってもらう」
「なッ……」
検体というのは、生きたまま魔法実験のモルモットとして使われ、死んだあとも死霊術の素材として使われる、最も重い罪を犯したやつらがたどる末路だ。
「ふざけないで!嘘っぱちの罪で、人を殺すなんて許されないわ!」
「そうだそうだー、俺は戦争の道具なんか盗んでないぞー」
「このローディーの自宅や研究室を調べれば分かることだ。すぐに見つかるだろうな、この男がラコニアと通じ、貴重な試薬を横流ししていた動かぬ証拠が……」
「見つからないぞ。俺が借りたのは、女神の涙一瓶、吸魂石三欠け、浄化草二本だけだ」
「認めたな!ならば今すぐ検体となるがいい!金貨二十枚以上の価値のある品を盗んだものには、死刑が適応される!ブリタニアの法を知らぬわけではあるまい?」
「確かに……そうなんだよな」
「ちょ、納得しちゃだめだよお兄ちゃん!死んじゃうから!」
「あ、そっか」
俺とモモの会話を微笑みながら聞いていたルツが静かに立ち上がり、学園長の前で片膝をついて頭を下げた。
「彼は命の恩人なのです。命だけは救っていただけませんか」
「……なりません。この犬が犯したのは、オブシディアの存亡にもかかわる大罪だ」
ルツは顔を上げると、目に涙をためて学園長に縋りついた。
「平に、お願いいたします。彼にお慈悲をおかけ下さい……」
「ルツ殿……これは私なりの慈悲なのですよ。このローディーは、前任のイサクに拾われた時からずっと、このオブシディアに何一つ貢献せず、ただ金を食いつぶしてきた。そんなこれでも命くらいは役に立つ……最後に魔術研究に貢献できるのだ、お前も本望だろう、ローディー」
「…………。
まあ、そうだな。無駄死によりはいい」
「お兄ちゃんッ!?」
「考えてみたんだけど……やっぱり俺は悪いことをしたんだ。罰は受けなくちゃいけない」
「エン様。モモの目を塞いでください」
「ん?ああ、いいけど……」
なんだろう。学園長も不思議そうな顔でルツを見ている。
「わっ。ちょっと、お兄ちゃんに何させるのよ!……気持ちいいからいいけど」
「何が気持ちいいんだよ。気持ち悪い」
「ああ、冷たいッ!でも、そっけないお兄ちゃんもイイ……」
直視したくない現実を前にルツたちの方へ視線を逸らすと、二人が熱烈なキスを交わしていた。
「うわっ」
「なになに?」
「駄目だ、お前にはまだ早い……」
学園長の唇を舐めまわしながらルツが唇を離す。さすがの奴も放心したような顔をしている。
「ル、ルツ殿……」
「ゴールドマン様……何も仰らないで……」
目を細め、えっちな声で学園長の名前を呼ぶと、彼女は優しい手つきで奴の口を塞いだ。
そして右手の中指と人差し指を立てると、奴の両目に突き刺した。




