11『早漏粗チン野郎』
「……教授……。エン……ッ!」
「ん……?」
町はずれまで戻ってきた俺は、見覚えのある顔が声を上げながら走ってくるのに気付いた。
「おーローラ、どうした、そんなに慌てて」
「ぜえっ、ぜえっ……モモさんが……っ」
「……あいつに何かあったのか」
「このままでは、モモさんが退学になってしまいますわ……!」
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「泥棒、か……」
息も落ち着き、冷静さを取り戻したローラは優雅に頷いた。
「ええ。昨日の夜、学園に賊が入り込んだらしいのですわ。保管庫へ押し入り、貴重な試料を大量に盗んでいったとか」
「でも、なんだってモモが疑われたんだ」
「それが……侵入者を追跡するため、保管庫にはプレイマークの呪文が込められたミストが仕掛けられていたらしいのですが、なぜかモモさんからその反応があったそうなんですの」
「やっべ……」
モモがライトニングボルトをぶっぱなした後、あいつを落ち着かせるために軽く抱き締めた。あの時に俺の体に付いてたのがうつったんじゃないだろうか。
「はい、本当にやべえですわ!このままでは彼女が犯罪者にされてしまいます。きっと彼女の才能を羨んだどなたかが、彼女を罠にかけたに違いありませんわ!」
「いや、たぶんそれはない……」
「お昼ごろ、彼女は学園長様に呼ばれて、それからずっと戻ってきません。モモさんの無実を訴えようと皆さんに訴えたのですが、誰も賛同してくださる方はいらっしゃらず……彼女と懇意にしておられる教授ならばと思い立ち、こうしてお呼び立てさせていただいた次第ですわ」
「ありがとうな、モモの為に……」
「彼女が誠実な方であるということは、いつもエン教授から伺っておりました。それに、彼女の魔術の才は、このようなことで潰えてしまうには、あまりに惜しいですわ」
「ごめんな、ローラ。実は、保管庫からいろいろ盗んだのは――」
「失礼、少しよろしいでしょうか」
ローラ……じゃない。上品な口調だが、この声は、なんだか聞き覚えがあるような……。
「あら、ラコニアの方?異国の地で同胞にお会いできて、嬉しい限りですわ。申し訳ございませんが、今は少し取り込み中でして……後ほど御用を伺わせていただいてもよろしくて?」
声の方を振り向いた俺は、開いた口がふさがらなくなった。
「悪いとは思ったのですが、先ほどまでの話は立ち聞きさせていただきました。
恐らくですが……保管庫から品々を盗み出したのは、彼です」
「ルツ……なんでそんな変なしゃべr」「なんですって!?あなた、どんな根拠があってそんなことを仰るの?この方は私の恩師ですの。理由もなく盗人扱いされては、冷静ではいられませんわ!」
「彼は、野犬の群れに襲われ、尽きかけていた私の命を救ってくださいました。その際、普通の方が持っているはずのない、とても高価な聖水を与えてくださり、私の病気を治すために特別な薬を調合してもくださいました。彼がどうやってそれらを手に入れたのか、ずっと気にかかっていたのですが……あの学園に保管されていたものだったというなら、納得が行くのです」
「そんなことがあったんですのね……。エン教授、この方のお話は……」
「ああ、合ってる。一刻を争う状態で、他にどうしようもなかった」
「今すぐ学園長室へ向かいましょう。事情を説明すれば、ゴールドマン様も分かってくださるはずですわ」
「私もご一緒します。命を救われた私が証人になれば、彼の言うことが作り話だと思われることもないでしょうから」
「ぜひお願いいたします。心強いですわ。あの、お名前を伺ってもよろしくて?」
「ルツ・エレイソン。女神の非力な子羊です」
「あら、シスターでいらっしゃいましたのね。どうりで、所作の端々に気品が漂っておられると思いましたわ。私、ラコニアはコーンウォールの獅子卿、ライネルの娘、ローラ・エインハルトと申します。ルツ様、先ほどの非礼、お許しください」
「許すだなんて、とんでもありません。恩師を守ろうとするあなたの誠意、とても素晴らしいものでした」
「そう言っていただけると、救われますわ。さあ、時間がありません、早くゆきましょう!」
ローラが足早に進みだす。ルツは俺の耳元に顔を寄せ、
「潜入成功。ありがとな、ポンコツ魔導士殿」
そう言うと、ローラを追って歩きだした。
なんか、いいように利用された気がする。まあ、一緒に事情を説明してくれるんだから、別にいいか。それにしてもルツは、ゴールドマンに会って何を話すつもりなんだろう。保管室の盗みの事に決着がつくまで、他の話を切り出す余裕なんてなさそうだが……。
「エン教授!考え事は後にしてくださいませ!」
「あ、ああ、すまない!今行くよ!」
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「ゴールドマン様はモモから事情を聞いておられる。それが終わるまで、何人たりとも通すなとのご命令だ」
園長室の前を、氷術師のマシューが塞いでいた。……なんか怪しいぞ。なぜ衛兵じゃなく、わざわざ教授が見張りをしてるんだ?まさか、モモに変なことしてるんじゃないだろうな。
「だから、さっきから言ってるだろ。保管庫からいろいろ借りたのは俺なんだよ。モモは関係ない」
「ローディー、お前はあの生意気な小娘とよく群れていたな。罪をかぶろうとでも言うのか?」
「彼の言っていることは本当です。彼は私の命を救うために、盗みを働いたのです」
「なんだ、お前は?」
「ルツ・エレイソン。女神の非力な子羊です」
「尼か。……いくらで買われた?銀貨一枚か?二枚か?女神にすがる事しか知らない弱者が、強者たる魔術師に意見しようとは片腹痛い」
「今のあなたの発言について、責める事は致しません。魔法使いが分不相応な力を手に入れ、幼稚な全能感に浸るのは、決して珍しいことではありませんから」
ルツは微笑みながらそう言って、さりげなく手を腰に差したショートソードに添えた。……やべえ、このままだとまた人が死ぬ。
「さっきから、どうして俺たちが嘘ついてるって決めつけるんだよ。ひどいぞ」
二人の間に割って入る。
「ヒヒ……学園長様は、モモが邪魔なのだ。特待生ながらローディーのお前に執心し、魔力至上主義に反抗するあの小娘がな……」
「いや、話が繋がってないぞ。それは俺たちの言ってることが本当かどうかとは関係ないだろ」
「……鈍すぎる。話が進まん、どけ」
囁き声でわざわざ悪態をつかれ、ルツに押しのけられる
「マシュー様、あなた方がモモを疑ったのは、保管庫に仕掛けられていた魔法の痕跡が、彼女から見つかったからですね?」
「……なぜ、それを知っている」
「彼にその魔法の痕跡があるか調べてください。それで、私たちの発言の真偽がはっきりするはずです」
「そ、それは……」
「どうなさったのです?偉大な魔導士のあなたが、まさか探知の魔法を使えないのですか?……それとも、モモ以外の人間から痕跡が見つかると、何か不都合でも?」
「ぐぐぐ……とにかく駄目だ!すでに犯人の目星は付いた!これ以上探す必要はない!」
ルツは小さくため息をついた後、俺の耳元に口を寄せた。
「このままだと埒が明かない。色仕掛けで言うことを聞かせる。体でローラの視線を遮って、しばらくあの子の気を引け。ほんの少しの間でいい」
「いや、そんなこと急に言われたって……」
ルツがマシューに体を密着させ、奴に何かささやいた。俺は慌ててローラの方を向く。
「どうなさいましたの、突然私をお見つめになって」
後ろからローブの擦れる音と、マシューの艶めかしいうめき声が聞こえてきた。俺はその音に急かされるようにして、ぐいぐいローラに近づく。すると彼女は、戸惑ったような顔で数歩下がった。
「うっ、イク……」
ローラにマシューのイキ顔なんか見せたくない。とっさに肩を掴み、力任せに引き寄せる。鼻先が触れ合うほど近くに彼女の顔があった。何か話そうと考えるが、気を引けるようなことが全然思いつかなかった。
「あ、あのっ……いけませんわ。わたくしたち、生徒と教授の関係ですし、それに、今はモモさんを助けなくては……」
「教授……そうだ。実はな、俺、もう教授じゃないんだ」
なぜか目をつぶるところだったローラがまぶたを開き、困惑の表情で俺を見た。
「昨日、首になった」
「な、なんですって!?どうして……」
「どうして、か。どうしてだろうな……」
「エン様。マシュー様が、痕跡を調べて下さるそうです」
振り向く。ルツは右手に付いた何かを舐め取るような仕草をすると、こちらに向かって微笑んだ。
「戻ってきたら、ほ、本当に何でも俺の言うことを聞くんだろうな?」
「ええ。どのようなお申しつけでも……」
マシューは不気味な笑みを浮かべながら、ファインドプレイの魔法を唱えた。すると、俺の体が赤い強烈な光を発しだす。
「浴びすぎだろ、お前……」
ぼそりと言ったルツも、胸のあたりが光っている。揉んだせいか。
「さあ、これで俺の言ったことが嘘じゃないって分かったな?通らせてもらうぞ」
「おうおう、好きにしろ。グフフ、ついに俺も童貞を捨てる時が……。ん、待て。一人、痕跡のない奴がいるな。事件と関係のないものを通すわけにはいかん」
「わたしはモモさんの学友として、彼女の無実を訴える権利がありますわ!」
「そんなものはない!」
「……おい、何をしてる。さっさと入るぞ」
「でも、ローラが……」
「あれはもう役立たずだ。ゴールドマンが青臭い正論に心を動かすような男だと思うか?」
勝手にノックをすると、ルツは扉を開けてしまった。
「ローラ、行ってくるよ。俺がいなくても、ちゃんと勉強するんだぞ。ビギナークラスの友達に、魔術書借りたりしてさ」
「お二人とも、お待ちになって!」
「お前は通さん!」
「離しなさい!」
マシューと取っ組み合うローラの姿に後ろ髪を引かれながら、俺は園長室の中へと入った。




