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10『初デートは人殺しと』

「これからどうするんだ?あんたは人を殺したわけだし、俺としては衛兵の詰め所に行って、罪を償ってほしいんだが」

「断る。無理に連れていくと言うなら、お前を斬るしかない」

「そうか。なら、好きにしてくれ。あ、悪いことはしたらだめだぞ」

「お前に付いていく、と言ったら?」

「構わない。でも、きっとつまらない」

「それは私が判断する事であって、お前が気にする必要はない」

「そりゃそうだ。じゃ、行くか」

二人で街を歩く。とりあえず学園に行って、謝ってこないとな……。ああ、牢屋とかに入れられちゃうんだろうか。少し怖いが、なんだか楽しみな気もする。

「なあ、魔導士殿」「ん?」

「お前、よく女神の涙なんか持ってたな?あれは普通、教会の外には出さない代物だ。よほど高位の聖職者か、大金持ちの信者でもなけりゃ、手に入れることはできない。お前は、そのどちらにも見えないんだがね」

「ぎくり……」

「あの聖水には金貨三十枚の価値がある。ちなみにこれは全く関係のない雑学なんだが、ブリタニアの法では、金貨二十枚以上の品を盗んだ奴は死刑になるそうだ」

「エ“ッ」

「本当に愚かだな、お前は……」

……今日は森の練習場へ行って、また何か彫ってみよう。ああ、そういえばマナストーンの事、すっかり忘れてたな。あれを集めまくって金にして弁償したら、罪が無くなったりしないかな?無理か。

「ポンコツ魔術師殿。お前、ゴールドマンを知ってるよな?」

「ん?ああ、もちろん。オブシディアの学園長だ」

「どうしても会いたいんだ。口利きしてもらうことはできないか」

「モモに言えば、もしかしたら何とかなるかもしれないけど……今の俺じゃ無理だ」

「どうして?お前、オブシディアで働いているんじゃないのか?魔術師なんだろ」

「昨日首になった」

「チッ、当てが外れた。役に立たない奴め……」

「悪口はせめて聞こえないように言ってくれるか?それで、どうする?今からモモを追うって言うなら、道案内くらいはしてやれるけど」

「いや、あいつは頼らない。……まあいい、今から引き返すのも面倒だし、今日は一日休むか」

「どうしても会いたいんじゃなかったのか?随分適当なんだな」

「一人旅だからな。気楽な方が長続きするのさ」

「そんなもんか」

住宅街を抜け人通りの多い市場通りに出たところで、少し先を歩いていた彼女が振り向く。

「ちょいと市に寄らせてもらえるかな」

「分かった。俺は待ってるよ」

露店へ向かった彼女は、それほど時間をかけずに戻ってきた。大きな焼きたてのパンと、ワインの瓶を持っている。

「パンはともかく……ワイン?昼間から酒を飲むのか?」

「悪いかよ。私は自分のやりたいようにやる」

「悪かないさ。ただ、あんたの健康が心配だ」

「お前は私のお母さんか?んん?」

「すまない。説教臭いんだ、俺。ずっと教授をやって、生徒たちの面倒を見てたからさ」

「私にあまり余計なことを言わない方がいい。気が短いんでな、おかしなことを言われると、お前の首から上も短くしてしまうかもしれない」

「そうやって冗談を言ってるうちは、怒ってないってことだろ」

「……妙に肝が据わってるなあ、お前」

町はずれの森の入り口に着く。先に進もうとすると、後ろからルツの鋭い声が聞こえた。

「待て。どうしてこの森に戻ってきた?」

「森の奥に、いつも魔術を練習している場所があるんだ」

「なんだ、そうなのか。ああ、なるほど、それで昨日の騒ぎにも気付いたってわけだな。私もここに用事があってね」

「なら、ちょうどよかったな」

練習場に着く。転がしてある彫像たちを見て、ルツは驚いたようだった。

「これを全部、お前が彫ったのか」

「ああ」

「ここは魔術師のアトリエというより、彫刻家のそれだな」

「言わないでくれ、悲しくなってくる。それに、アトリエなんて大それたものじゃないさ。ただの練習場だ」

「ふうむ、なかなか見事なディテールじゃないか。お前、これを新しい仕事にしたらいいんじゃないのか」

手近にあった石像を拾い上げ、まじまじと見つめながら彼女が言う。

「売るってことか?まさか、誰も欲しがらない」

「いや、仕上げをきちんとやれば、これほどのものは教都にもそうはない」

「教都?あんた、アルカンに行ったことがあるのか?あの、教皇が住んでるっていう……」

「惜しむらくは、お前に全く審美眼がないことか。鷹、リンゴ、ナイフ、おっさん……なんだこの適当極まったモチーフの選び方は」

「魔術の練習だからな。別に芸術品を作ってるわけじゃない」

「これほどの技術がありながら、嘆かわしい……」

彼女は俺から離れて、勝手に彫像を見物し始めた。よし、何を彫るかは決まってないが、とりあえず端材の中からいい感じの岩か木を探そうか。

「アアアアアアアアッ!!!」

唐突にルツの咆哮が響いた。まさか、またオド欠乏症に!?くそっ、どうしてだ、オドを大量に消費するような出来事は、何もなかったはずなのに。

「お前なあああ、どんな神経してたら、女神様を馬の下敷きにできるんだよおお!!」

彼女の口から意味のある言葉が発せられたので、俺は胸をなでおろした。随分怒っているが、それだけだ。

「ああ、それか。嵐で倒れたんだ。重いし直すのが面倒でさ」

「罰当たりが!ぶっ殺すぞッ!」

「ご、ごめん……」

彼女は辺りの彫像を蹴散らすと、気合の掛け声とともに倒れていた像を起こした。……嘘だろ?あれ、丸太をまるまる一本使ってるんだぞ。俺はモモの風魔法に補助してもらってやっとで動かしたのに、それを腕力だけで?

「あいつに逆らうの、やめとこ……」

彼女から目をそらし、端材を積み上げている場所へ向かう。手ごろな木片があったので、手に取って椅子代わりの切り株に座り、彫刻を始めるために魔方陣を描いていく。

ルツの姿が視界に入った……ローブの裾を雑巾代わりに使って、女神像の汚れを熱心に落としている。

「なあ……そのローブ、俺の」「アァ?」「なんでもないです」

もうすっかり彼女との力関係が決まってしまった。まあ、モモにも尻に敷かれてるし、別にいいか。

いつも通り六重の魔方陣を描き終える。しかし、まだ何を彫るのかが決まっていなかった。……うまかったし、チーズスープでも彫るか?いや、トマトスープと見分けがつかないから駄目だな。俺はトマトが嫌いなんだ。

女神像を磨き終えたルツは満足げに像を眺めると、その前に膝をつき、手を組んで祈りを捧げ始めた。それを見た俺はあることを思いつき、木片にマナを流し始める。

大まかな形を削り出していると、ルツがこちらに向かって歩いてきた。ちょっと怖い。だが、彼女の表情は穏やかだった。もう怒ってないみたいだ。

「ほう、それがお前の魔法か」

どかっと隣に座った彼女は、俺が木片のいらないところを弾けさせるのを見て感心したように言った。

「何を作ってるんだ」「秘密だ」

「教えろよ」「できたのを見ればわかるさ」

「教えてくれたら、手で抜いてやるぞ。ほら……」

「魔術を使ってるときに体に触らないでくれ。魔力が乱れるんだ」

「チッ、つまらん男め。それにしても、その魔方陣……どこか妙だ」

「自分で作ったやつだからな。細かい回路とか、無駄なところがあるかもしれない」

「私にそんなことは分からない。そうじゃなくて、もっと根本的な何かが……」

じろじろ見られて落ち着かない。マナの制御に失敗し、削るつもりのなかったところを壊してしまう。

「なあ、悪いけど少し離れてくれないか」

「魔術師殿は繊細であられる。ああ分かったよ、どうせもう飽きたしな」

あっさり立ち上がって、彼女は森の中へと進んでいこうとする。

「もしかして、片付けに行くのか」

「…………」

「手伝おうか?どうせ集中が切れたところだし、ついて行ってもいいぞ」

正直、あの死体の山をもう一度見なければならないと思うとぞっとする。でも俺が手伝わなかったら、ルツが一人で全部やることになるんだ。

「ディグは使えるな?」「いや」

「なんだって?あの、穴を掘るだけの魔法だぞ?」

「俺が使えないのは、その穴を掘るだけのディグだ」

「なら来ないでいい。……さてはお前、大した魔術師じゃないな?」

「ローディーだよ。ええと。つまり、五年かかってもレベル1の魔法をマスターできなかったってこと。ちなみにディグはレベル2の魔法だ」

「そりゃ、首になるわけだ……」

呆れたように言って、ルツは去っていった。彼女の姿が見えなくなった後、俺は彫刻を再開した。地味にへこんでいて、いつもの調子を取り戻すのに結構かかった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

日も沈み始めた頃、彼女が戻ってきた。手が土で黒くなっている。来るときには持っていなかった、大きな革袋を提げていた。

「ちょうどよかった。今、出来上がったところなんだ」

手のひらに収まるくらいの木彫りを、彼女に向かって投げる。片手で危なげなくキャッチして、彼女はそれをまじまじと見つめた。

「これを、私に?なぜ……」

「さっき祈ってたから」

「……こんな大事なものを投げてよこすんじゃない、罰当たりめ」

俺の投げた女神像を、彼女は革袋の中へそっとしまった。

「言われてみればそうだな。すまない。それで……あいつらは弔ってやったのか」

「埋めただけだ。亡骸が見つかると面倒だろう」

「嘘つけ。女神像の為に本気で怒るほど敬虔なシスターが、死体を見て弔わずにいられるわけがない」

「チッ……。あれはラコニア軍の隠密部隊だ。公式には存在しないことになっているから、たとえ死んでも、亡骸が回収されるなんてことはない。家族のもとで弔われることもな。だから……フン、少し憐れんでやっただけだ」

「そんな奴らと一緒にいたなんて、あんた、何者なんだ?」

「一緒にいたんじゃない。追われていたのさ」

「ますますあんたの正体が気になるんだが……」

「フフ、いい女に秘密は付きものさ」

「なんか、知らない方がよさそうだな。その袋は?」

「旅に必要なもろもろの品だよ。あいつらに襲われた時、隠しておいたのさ」

「何が入ってるんだ?見せてくれよ。旅人の荷物を見る機会なんて、そうないからな」

「断る。と言いたいところだが、さっきよいものをもらったし、特別に見せてやろう。まあ、大したものは入ってないぞ?食器、砥石、食い物、ナイフ、シャベル……そんなところだ」

口を縛っている紐をほどき、中を覗き込む。彼女の言ったとおりの雑貨のほかに、聖典と小さなライトル本が数冊、羊皮紙のスクロールと不思議な形の笛の様な陶器が入っていた。

「これ、吹けるのか?」

白磁でできたそれは長い旅を経たせいか少し黄ばんでいたが、美しい天使の絵が付いており、彼女の持ち物の中でも一際高級そうだった。

「オカリナ?もちろん。使えないものを持って運ぶ馬鹿はいないだろう」

「聞かせてくれよ。学園じゃ、音楽に触れる機会なんて全然ないんだ」

また断られるかと思いきや、彼女はあっさりとそれを受け取ると、オカリナのとがったところを咥えて、横に空いている穴を指でふさいだ。

聞こえてきた音色のあまりの美しさに、俺は心を奪われた。澄んだ、どこか悲し気な笛の音は、どうやら教会の音楽を奏でているようだった。女神様のことを良く知らない俺でも、なんとなく敬虔な気持ちになった。これを演奏しているのがあのルツだなんて信じられない。

曲が終わり、森に静寂が訪れる。

「……満足か?」

「すげーー!!天才かよ、あんた!!」

彼女は得意げに鼻を鳴らすと、俺の手から革袋を取り、オカリナをしまった。

「これで、少しでも借りを返したことにさせてもらう。じゃあな……」

「え、一緒に来ないのか?今日の寝床はどうするんだ」

「適当な宿屋に泊まるさ。これ以上家族の仲を邪魔しても悪い」

「あんたがいても、俺は構わないんだが」

「お前の妹は構うだろうさ」

彼女は俺に背を向け、足早に歩きだした。

「お、おい……」

「ああ、そうだ。もう会うこともないだろうから、一つ忠告をしておいてやる。

絶対に人を信じるな。大切なものを守りたいならな」

引き留める間もないまま、彼女はいなくなった。俺はしばらく彼女が去っていた方をぼんやりと眺めていたが、冷たい風に吹かれて我に返った。家に帰るか。

「絶対に人を信じるな、か。矛盾してるな……。ルツの事を信じなければ、信じるなって言葉を信じることもできないじゃないか……」

独りで森を歩きながら、そんなことを呟いた。

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