吸血鬼
地下水路に蹲る一人の男。その男は光を嫌う。優しさを嫌う。同種を嫌う。他者を信じない。そんな自分をも嫌う。唯一好む物は...静寂だけ。ここは日が昇っても常に薄暗い空間。日中でも蹲れば外から漏れ出る音を抑えることができる。まさに理想てきな場所
日が沈めば...世界が暗闇に包まれれば俺の好きな静寂が訪れるというのに、今夜はなにやら騒がしい。俺を探しているのか...殺すために。無駄なことだ。例え俺を見つけられたとしても倒す実力もなしに挑んでくるのは愚の骨頂でしかない。
いつもいつも頭によぎる不思議な獲物。何度も殺そうと近づいたが最後の一歩を踏み込めない。なんだ...なんなのだ!なぜ躊躇しているのか!分からない...分からない...
「お前か。この街で事件を起こしてる犯人は。やっぱり吸血鬼だったな」
知らない男の声。人通りのないこの場所で俺に話し掛けてきたということはここに来た目的はすぐに分かった。顔を出すとそこには間違いなく人間の男がいた。手には魔力の込められた剣を握っている。魔剣か。魔剣に認められるとは相当な実力者なのだろう
「ナニモノダ」
「言葉は分かるんだな。名前はタクマ。冒険者の依頼でここに来た」
冒険者...やはり俺の予想は当たっていた。一歩、一歩。歩みを進め俺との距離を縮めてくる。警戒も怠っていない。大した男だ。俺は密かに魔法を発動する。感づかれないよう体は動かさず魔力に意識を向ける
「そうはさせねーよ」
魔法を発動するやいなや男は一気に距離を詰めてきた。はやい!吸血鬼である俺が目で追えきれない程のはやさ。とても獲物である人間とは思えなかった。
「血渡り!」
自身の血をマーキングし、その位置に一瞬で移動する魔法。無詠唱で発動したのに関わらずギリギリだった。もう少し遅かったら首を飛ばされていただろう。想像しただけで冷や汗を掻いてしまう。
これは...恐怖か。獲物である人間風情に...恐怖だと...いや違う...俺が...俺が獲物なのか...
「血切!」
「影纏い」
血を硬質化し放つ技。鉄や銅を紙切れのように切り裂く程の威力があるのだが、男は魔剣で軽く弾いてしまった。何発も放つも結果は同じ。距離をとってもすぐに詰められてしまう。血渡りでなんとか攻撃を受けずに済んでいるがこのままでは埒があかない
「電光石火!」
魔法により男の機動力が上昇した。血渡りが間に合わず腹部を切りつけられる。血は流れるも傷はすぐに再生した
「掠り傷程度じゃ意味ないか」
種族的特徴をすぐに判断したか。次からはもっと強力な一撃がくるだろう...こいつと戦うのはマズい
「血欠闘契」
多量の血を消費し身体能力をあげる魔法。これにより相手の動きを視覚できる。しかし、勝てる自身が湧くことはない。別に勝とうと思って使用した訳ではない...そんな事いまはどうでも良い
「血壁槍!!」
視界を塞ぐ程の巨大な槍は男を貫こうと迫っていくが目的は貫くことではなく視界を塞ぐことだ。これでこちらの姿が見えなくなった
「血渡り!」
犯人である吸血鬼は姿を消した。地下水路は逃げ道が少ない。身体能力を上げて逃げたのなら簡単に追えるのだがあの移動魔法は厄介だな。血を消費するとはいえ捉えるのは大変そうだ。この街に潜伏している限り探知スキルを使用すれば居場所は把握できるだろうけど...どうしたものか
結局あれから吸血鬼を見つけることはできず、日が昇ってから仲間とともに冒険者ギルドへ昨夜の報告をしに向った。報告する前に仲間に話したところテイラ、フィクスから鋭い視線を向けられてしまった。前者は「また一人で危ないことを」と呟きながら、後者は「私の努力を・・・ムムムムムムム」と悔しそうにしていた
別に戦う気はなかったんだ。たまたま探していたら居場所が分かって、会って説得しようとしたら向こうが襲ってきたから仕方なく対処しただけ...といったのだが...
「「「絶対嘘です(ね)!!!」」」
まったく信用されなかった。こうして肩を落としながらギルドへと赴いたわけだが、何やら中が騒がしい
気になって様子を見てみると誰かが女性冒険者達に囲まれているようだった。金髪で耳にピアス。何かの模様が刻まれた銀鎧。見てくれを良くするためというより何かの紋章のようにもみえる。そんなことより...なんだあの人気ぶりは...
イラつきを覚えながらも受付は問題なく稼働していたので目的は果たせそうだ。あの男のお陰かすんなり受付にたどり着けることができた
「すまん。この街に起きている事件についてなんだが」
昨夜のことをまとめた資料を受付嬢に渡してすぐに立ち去る。口頭で伝えてもいいのだが、そうするとギルド長がいる部屋へと案内され、また面倒臭いことになりそうなのでこういう形をとることにした
受付嬢が驚愕した時には既に俺達はギルドを退出していた。大慌てで受付嬢がギルドから飛び出してきたが、俺達は大慌てで建物の影に身を隠した
面倒ごとの先延ばしを成功した俺達は別行動して情報を集めることにした。正体は吸血鬼であり夜に行動することがわかっている。問題は出現場所。昨夜も含めて今まで襲われた場所を街の人に聞き込み出現場所を絞ることにしたのだ
編成はテイラ、アイリス、リコの三人。俺はイリナと組むことにした。討伐対象である吸血鬼の実力は相当だ。万が一遭遇したときでも対処できるようにこの編成にした
これだけではイリナの実力がないからと思うかもしれないが、それは違う。イリナにはやってもらいたいことがあった。それは...
「あの...少しお話いいですか!!」
「あらあら可愛い娘さんだね。どうしたんだい」
街の人から情報を得るには愛想がある人がいい。俺みたいな愛想がない人物が話かけても緊張や警戒心が邪魔をして上手く情報を聞き出すことができないことがある。その点イリナは警戒心を抱かせることなく話を聞くことができる...なんか飴までもらってるし
話が終われば遠くからでも頭を下げてお礼をする。これも日本人の心意気というやつなのだろうか...ってイリナはこの地の生まれなのだが
「どうだった」
「この辺りはまだ被害にあったという話は聞いていないそうです!」
「そうか。有り難うイリナ。次いくか」
その後もイリナは街の人から話を聞きつつ、手荷物が増えていった。お菓子を沢山携えたイリナの姿はなんとも可愛らしい。その可愛いらしさゆえ、手にお菓子をもって自ら話しかけにいっている人が増えていった。中にはよからぬことを考えた輩もいたが、そいつらはイリナに気づかれないように対処しておく。イリナの笑顔は...誰にも渡さん!!




