悪戯好きの小さな生物
誰も俺なんか見ていない。日陰に身を隠す俺なんて...けれど光に身を晒す気はない。それ以前に晒してはいけない身なのだ。決して晒してはいけない。晒せば体はすぐに干上がってしまう
日が差している間は暗がりに獲物がくるのを息を殺して待っている。世界が暗闇と静けさに包まれれば自ら獲物を狩りにいく
獲物からすれば俺は恐怖でしかない。俺からすれば獲物はただの獲物...そう思っていた
獲物が一匹光に満ちた舞台で踊っている。その下は青く澄んだ湖で鏡のように光を反射している
あれはいつも踊っている。必死に...必死に...。全身に汗を流しながら舞う獲物は苦しみながらも笑顔を絶やすことはない...不思議な獲物だ...
そんな不思議な獲物が舞う姿を見ても食欲がこみあがらず、むしろもっと見ていたいと思う自分自身もまた不思議だと思ってしまう
喰らいたい...そう思ったことはある。けど喰えなかった。他の獲物のように何の躊躇いもなく喰うことができなかった
何が違う...今まで喰らってきた獲物どもと何が...クソ!考えても意味はない。
「邪魔だ...あいつは邪魔だ。喰わねば。喰えずとも殺さねば...殺さなければ」
暗闇から殺意をむけるそれは息を殺しながら獲物を捉える。そんなことなど知らないそれは今も笑顔を絶やさず舞っている...
なんて神秘的なんだ。初めてミューリアの町を見たときに思った言葉がそれだった。街の区域を青く澄んだ湖でわけ、移動はボートで行っている。中にはボートを利用し物売りをしている姿が見える
向こうの世界では海外なんて行ったことがない(友達がいなかったもので...)そんな俺にとってこの町は心にくるものがあった。女性人にとってもここは刺激がつよかったようで、ボートの中でワイワイ騒いでいる
「アイリスはこの町にきたことがあるのか?」
「お忍びでですが一度だけきたことがあります」
お忍びって偵察でもしていたのか。偵察でなくても人間の町に獣人が一人で街を歩くのは危険か。もし誰かに襲われて暴力を振るうものならさらに問題が増えるだろうし。それはアイリスだって分かっているはずだ
「衣服に使う布や食べ物を買いにきたんです。人の町には色々と揃っていますから」
聞かずともその答えを教えてくれた。多分俺の顔をみて何を考えているか分かったんだろうけど、テイラ以外の仲間にも見抜かれるとは...そんなに顔に出ているのだろうか
「タクマは分かりやすいからねー」
「でもそれがタクマさんの良いところでもありますよ」
どうやらみんなに見抜かれているようだ。イリナなんかリコの言葉に大きく首を縦にふっている。どこかに考えを顔に出さない方法が書かれている本は売っていないだろうか...
「ところで私達って何処に向ってるの?」
「言わなかったけか。冒険者ギルドだよ。なんでも新しい町に着いたら一度冒険者ギルドを訪ねなきゃいけないんだと」
前の町のギルマスであるゲルディから言われたんだけど、何でも冒険者ギルドは町にいる冒険者を把握し何かトラブルがあった際にすぐに連絡がつくようにするための規則なんだとか。そういえばテクノギスでも借りていた宿の名前とか聞かれたっけか。すっかり忘れていた...
ギルドに報告が終われば宿探しが始まる。探すといってもギルドの職員さんにお勧めの宿を紹介されたのでそこを借りる予定だ。それと宿を紹介された時、奇妙な話を聞いた。
「人攫いですか」
「発見しても既に息はなくその姿はまるで枯れた植物のようだったって...」
町中はこの話にもちきりで、中には町を去った人達も多くいるという。衛兵や聖騎士が夜中に町を巡回しているらしいのだが冒険者の依頼にもあがっているらしい。そのため、町の外から来た人には夜に出歩かないよう忠告しているのだとか
「大丈夫よ!どんな相手だってタクマとアイリスがいるんだもの!!」
いやいや充分リコも戦力になるだろうよ。あの大きな岩を砕く魔法を使えるくせに。まぁもしその殺人鬼とやらが襲ってこようものなら返り討ちにしてやるがな!!
宿で手続きを済ませればみんなで観光することにした。川沿いに並べられた屋台を冷やかしながら向かった先は観光名所でもある洞窟
ボートで入るそこは「水霊の巣窟」と言われている。中に入ればすぐに徒歩で移動となる
上を見上げれば岩の天井に天と地を繋げる幾つもの隙間があった。大小様々な穴から入り込んだ光は暗闇を明るく灯してくれている。お陰で松明などを使わずとも歩んでいける
しかしここは自然が造り出した場所に変わりはなく、地面は凹凸で足元に注意しながら進まなくてはいけない。ロープ製の手摺が設けられているお陰でみんな転ばずに奥へと進むことができた
最奥地は大きな池がある。そこはこれまで通ってきた道とは異なり、僅かな隙間から放たれた光がすべて池中心に集まっていた。
不規則に放たれた光が一ヶ所に集まっているのは偶然かもしれない。しかし、それを見れば誰の心だろうと魅了されるだろう。これは偶然ではなく必然に違いない
「綺麗...」
イリナの目は入ったときからこの場に魅了されていた。水霊の巣窟といわれるこの場所は別名「精霊達の遊び場」というらしい。同じ観光にきていた人が口にしていて、それを偶然耳にしたんだけど...どうやらそれは間違っていないらしい
「ねぇまた人間達がきてるんだけど!」
「いいじゃない。どうせ見えてないんだし」
「だったらまたやるしかないわね!プププ~」
ちっさい生き物がプカプカと浮かんでいる。何かを企んだそれは小さな手で池の水をすくいあげまたプカプカと浮き上がり始めた
黙りながらも視線を向けていると、その生き物がとまったのはちょうどイリナの頭の上だった。狙いを定め手を開けば運ばれてきた水滴が重力に伴い落下する
「ちびたっ!」
可愛いリアクションをしながら水滴が落ちた額に手をあてている。もう一度落ちてこないかなと期待をもちつつ頭上をみると標的が俺に変わっていることに気づいた。
「(おいちびっ子...俺を標的にするなんていい度胸をしてるな)」
と、普段の俺なら警告を発する所なのだが、そんな事はせずイリナを誘導し水滴が落ちる位置に立たせた。それでも上のちみっ子が俺の位置に落ちるよう修正するため、作戦を変更し水滴が落ちてきた瞬間にイリナを誘導することに
動かずじっと、そしてイリナを傍におきながらその時を待つ。そしてその瞬間はすぐに訪れた。頭上に落下してくる水滴、一歩後ろに下がりイリナを誘導する
「ちびたっ!」
作戦は成功...あー癒される。目の前に広がる幻想的な池をみるよりも心が安らぐのは気のせいだろうか。頭上で悔しい表情を浮かべている生き物を捉えつつ心の中で勝利の旗を掲げた
「どうしたのイリナちゃん」
「頭の上から水が落ちてきて...」
「上からですか?」
イリナの異変に気付いたテイラが上を見上げた後、ジト目で俺の方をみてきた。テイラさん...何かあったら真っ先に俺を疑うのはやめてくれませんかね...
その原因をつくらせた者には制裁を下さねばなるまい。イリナの可愛いを引き出してくれたことには感謝する...が!それは別の話だ!




