逃げたほうがいい
状況を確認しよう。 病院で寝て起きたら空にドラゴン飛んでいた。
・・・・意味が分からない。ここまで突拍子のない展開が自分の人生に待ち受けているとは想像もできなかった。
そのまま10分ほど混乱していたが、時間がたって少しだけ冷静になれた。
(とりあえずあたりを散策してみよう。考え続けても答えが出るとは思えない。 それに体が妙に軽い。理由はわからないが、長い間寝たきりだったから久しぶりに体を動かしてみたい)
彼は立ち上がり、お尻についている草を払い歩き始めた。
(なぜか服や靴が元からついていた。しかも病院着でもないし、見覚えのない靴だ。立った時に気付いたが、身長も少し伸びた気がする。髪の毛もふさふさだ)
違和感は多くあったが。気にしてもしょうがないので思考の片隅へと追いやった。
(あたり一面木しかないな。それに動物がいる気配も感じられない。草原とかに出て見晴らしがいいところに行きたいものだ)
見渡す限り木しかない場所である。斜面がなく山ではない事しかわからない。これといって目立つ大木はなく、木は表面に光沢がある肉厚の葉をもち、苔やつる植物がおおい。幸いちょうどよい気候である。彼はサバイバル経験など勿論ない。それどころかピクニックや登山などもいったことがない。彼はこのような状況に置かれたとき何をすればいいか全くわかっていない。食料や飲み水の確保よりこの状況に対しての好奇心のほうが思考の大部分を占めていた。それは決して責められない。ずっとベットで生活していて、娯楽も何もなかったのだ。突然命の危険にさらされてもそれを感知できなくて当然なのだ。
ザァーザァーと水の音が聞こえる。
(そういえば飲み水の確保をしないとな。それに川をたどっていけばこの森から出れるかもしれない。)
彼は音を頼りに歩き続け川にたどり着いた。川をのぞき込み持っていた違和感の答え合わせをした。
「あぁ、 高校生の頃の自分だ」
黒髪で男にしては少し長い髪の毛。隈やニキビがなく健康的な顔。鏡で何百回も見てきた顔だ。
彼は大きく落胆した。先ほどまであったわくわくなど一瞬で消え去った。
新しい自分の第一章かと思っていたら、昔の自分の続きをやらされるんだ。すでに自分の可能性を見限って何十年も生きてきた彼にとって耐えがたい仕打ちだ。
「懐かしいなぁ。 こんな顔してたっけ」
(大学生になってから身だしなみに全く気を使わなくなったから、変化が分かりやすいな)
「これも自分をここに呼んできた神様の思し召しか?ここに連れてきたのが神様かどうかはわからないが」
彼は気を取り直し、探索を始めた。さっきまでの興奮が消えたため自分が置かれている現状がよくわかるようになる。 そして周囲を見渡し再度落ち込んだ。
(冷静になって考えてみるとかなりまずい状況だぞこれ。見ず知らずの土地に独りぼっちで、食料のあてや自己防衛の手段すらない。水はあるけど飲める水かどうかの保証もない。というか魚が全く見当たらないから飲めない可能性のほうが高い。腹を下すだけでも今だったら死ぬ可能性があるぞ)
「とりあえず火でも起こすか・・・」
この異世界について何も知らない男が一人、何も持たずに彼がいる森に迷い込んだら絶対に一日も生き延びられない。絶対にだ。ヒノキの棒すら持たずにどうやって素手で魔王を倒せるだろう。大げさな話ではなくただの事実である。この森に一歩踏み込んだら何処からともなく現れた魔物と呼ばれる獣たちが骨の一本すら残さずに食いつくであろう。脳みそはすすられ、内臓は群れのリーダーにささげられ、硬い肉や骨などはおこぼれにあやかう小物たちに食い尽くされる。
ではなぜ彼はいまだに生きていられるのだろう?魔物がはびこる森で何の気配も感じていないのだろう?
その理由は簡単だ。魔物たちは彼から逃げているのだ。なるべく遠くに、目を付けられないように、迅速に彼から避難していたのである。まるで災害から逃れるように。




