平安時代ー隔たり
夜。
敦姫の部屋には、灯りが一つだけ。
母が、静かに言った。
母「……敦。
あの方は、正妻を迎えることになるわ」
敦姫「……はい?」
母は視線を伏せたまま、続ける。
母「相手は、同じ家格の姫。
もう話は決まっているそうよ」
一瞬。
敦姫の中で、
言葉が音にならなかった。
敦姫「……じゃあ……」
喉が震える。
敦姫「……私は?」
返事はなかった。
沈黙だけが、答えだった。
敦姫は、初めて知った。
恋は、
並ぼうとした瞬間に、許されなくなるものなのだと。
ーーー
その夜。
敦姫は、御簾の前に座っていた。
来ると分かっている人を、
来ないでほしいと願いながら。
そして――
衣擦れの音。
言の葉の君の気配。
言の葉の君「……敦姫」
敦姫は、消えそうな声で囁いた。
敦姫「……来ないでください」
言の葉の君は、少し間を置いてから言った。
言の葉の君「……聞いたのだな」
息を吸う。
敦「……正妻を迎えるのですね」
言の葉の君は、否定しなかった。
否定できなかった。
沈黙。
声は、泣いていなかった。
敦姫「……私、
なれると思っていました」
言の葉の君の指が、衣の上でぐっと握る。
敦姫「……同じ身分の方が、
隣に立つのだと」
敦姫は、小さく笑った。
敦姫「……私、馬鹿ですね」
言の葉の君は、声を絞るように言った。
言の葉の君「……俺もだ」
敦姫は、御簾の向こうを見つめたまま言う。
敦姫「……どうして、
正妻になれないのですか」
言の葉の君は、答えた。
言の葉の君「……家だ」
言の葉の君「……血だ」
言の葉の君「……役目だ」
そして、最後に。
言の葉の君「……恋は、理由にならない」
敦姫の息が詰まる。
敦姫「……それでも」
敦姫は、震えながら言う。
敦姫「……それでも、
私はあなたが好きです」
言の葉の君は、即座に言った。
言の葉の君「……俺もだ」
言の葉の君
「正妻ではなくても、
触れられなくても、
隣に立てなくても
――それでも俺は、敦姫を選んでいる」
敦姫の声が、初めて揺れた。
敦姫「……では、私は……
何なのですか」
言の葉の君は、即答した。
言の葉の君「……魂だ」
敦姫「……それは、
正妻より重いのですか」
静かに言う。
言の葉の君「……正妻より、遠くまで続く」
敦姫は、御簾の奥で涙を落とした。
敦姫「…………
私は、あなたの人生に
残らないのですね」
低く、しかし重い声。
言の葉の君「……残る」
言の葉の君「名ではなく……形ではなく……必ず、残る」
敦姫は、初めて微笑った。
敦姫「……それなら」
敦姫「……来世で、
拾ってください」
言の葉の君の呼吸が、一瞬止まる。
言の葉の君「……必ず」
敦姫は、囁くように言った。
敦姫「……今世では、
あなたの正妻になれなくても」
敦姫「……来世で、
あなたに選ばれる魂になります」
言の葉の君の声が、わずかに震れた。
言の葉の君「……なら、俺は」
一拍。
言の葉の君「……来世で、
必ずお前を、家族として迎える」




