室町時代ー遠景
朝。
村の道。
敦乃は、嫁ぎ先の家の者に伴われ、ゆっくりと歩いている。
派手ではないが、きちんと整えられた身なり。
背筋はまっすぐ。
顔は伏せられたまま。
泣いてはいない。
泣いてはいないが――
笑ってもいない。
ただ、静かに歩いている。
村の人々が小さく頭を下げる。
「良い縁談だ」
「幸せになれる」
そんな声が、風に混じる。
敦乃は応えない。
ただ、一歩ずつ前に進む。
少し離れた場所。
家の門の前。
爺は、その背中を見ている。
声をかけることはしない。
呼び止めることも、しない。
爺
爺(守れる道だ)
そう、何度も心の中で繰り返す。
敦乃が、ふと立ち止まる。
ほんの一瞬だけ、空を見上げる。
何かを探すように。
けれど、何も言わず、また歩き出す。
その姿に、爺の指がわずかに震える。
爺(……よう、耐えたな)
爺は目を細める。
誇らしさと、悔しさと、後悔と。
すべてを混ぜたまま。
爺(あの崩落は、誰の手でも止められん)
爺(だが――生き方だけは、わしが決めさせた)
爺は、誰にも聞こえない声で呟く。
爺「……道を選ばせたのは、わしだ」
爺「お前ではない」
一度、目を閉じる。
そして、もう一度だけ敦乃を見る。
爺「……すまんな」
声にはならないほど小さく。
爺「それでも……生きろ」
敦乃には届かない。
振り返らないまま、道の向こうへ消えていく。
爺は、視線を上げる。
声には出さず、
ただ胸の奥でだけ、そっとつぶやく。
(……あの青年は)
(この空を見ていたか)
(それとも、土だけを見ていたか)
答えはもう、返らない。




