室町時代ー静止
その日から、敦乃は泣かなくなった。
声を上げることも。
顔を伏せることも。
名を呼ぶことも。
琴之の名は、口にしなくなった。
家の中では、よく働いた。
朝は誰よりも早く起き、
水を汲み、
火を起こし、
藁を撚り、
畑に出て、
戻ればまた手を動かす。
隙間を見つけては、何かをしていた。
止まることだけを、しないように。
母が声をかける。
母「敦乃」
敦乃「はい」
返事は、静かで、まっすぐで、
何も欠けていないように聞こえた。
父も、母も、
その声に違和感を覚えながら、
それ以上、何も言えなかった。
以前の敦乃は、
息抜きのたびに、外へ走っていた。
形の面白い大根が採れれば、琴之の家へ。
山の木の実が色づけば、二人で取りに行った。
息抜きとは、
琴之のところへ行くことだった。
だが、今は――
敦乃は、藁を撚る。
黙って、黙って、撚り続ける。
父と母は、
その背中を、遠くから見るしかなかった。
ある日、見合いの話が来る。
母は言葉を選び、
父は視線を落としながら伝えた。
「……よい縁だ」
敦乃は、少しだけ考える。
ほんの一瞬だけ。
そして、静かに答える。
敦乃「……家のためになるなら」
敦乃「……受けます」
その声には、
拒む力も、望む力もなかった。
ただ、受け入れるだけの声だった。
父は俯き、
母は唇を噛む。
敦乃は、藁の方に身体を戻すと
また藁を撚りだした。
その背中は、
泣いていなかった。
笑ってもいなかった。
ただ――
何も失っていないように、
何も望んでいないように、
静かに、そこに在った。




