室町時代ー決壊
敦乃は、琴之が堤防動員に出ている一年間、
週に一度、この家へ通っていた。
誰もいない家。
埃を払う。
床を拭く。
戸を開けて、風を通す。
「帰ってきたとき、困らないように」
そう言い聞かせながら。
守るように。
待つように。
――信じるために。
ーーー
そして。
役人の言葉を聞いたあと……
敦乃は、気づけばこの家の前に立っていた。
戸を開ける。
空気は、あの日と同じだった。
仏間の前で、足が止まる。
琴之が使っていた湯のみ。
欠けた縁。
それを持ち上げた瞬間。
指先に伝わる冷たさに、敦乃の喉が震える。
敦乃「……琴之」
声にしただけで、胸の奥に積もっていたものが、崩れた。
膝から力が抜け、座り込む。
湯のみを抱えたまま、顔を伏せる。
敦乃「……帰るって、言ったじゃない……」
声が割れる。
敦乃「一年以内って……約束したじゃない……」
床に、ぽたぽたと涙が落ちる。
止まらない。
肩が大きく上下に揺れる。
息が、乱れる。
嗚咽が、声になる。
敦乃「……私、ちゃんと待ってたのに……」
額を床につける。
声は、もう整わない。
敦乃「……置いていかないって……言ったのに……」
湯のみを抱きしめたまま、
敦乃は、叫んで
叫んで、叫んで、叫んで
声が枯れるまで泣いた。
その泣き声だけが、
誰にも届かないまま、夜の奥に沈んだ。
その日、敦乃は初めて――
心が壊れる音を、
自分の泣き声で知った。
そしてこの日を境に。
敦乃は、泣くことをやめた。




