平安時代ー出会い
京。
春まだ浅い都の一角で、
田舎貴族の男が縁側に腰を下ろし、小さな巻物を広げていた。
旅の前に描かせた、
ただ一人の娘――敦姫の似顔絵。
扇で半分顔を隠しているが
少し目つきが強くて、口元は不機嫌そうで、
けれどどこか放っておけない表情。
その背後から、穏やかな声が落ちる。
「……その絵は」
振り返れば、
そこに立っていたのは、都でも名高き公達――
言の葉の君であった。
敦姫の父は慌てて膝を正す。
父「は……田舎に残して参りました、娘にございます。
名は……敦姫と申します」
その名を聞いた瞬間、
言の葉の君の瞳が、わずかに揺れた。
言の葉の君「……敦姫」
その音を、確かめるように、
もう一度、口の中でなぞる。
言の葉の君「この人に……会いたい」
父「え?」
言の葉の君「絵の中の方に。どうしても」
敦姫の父は目を丸くした。
父「わ、我が身のような田舎貴族の娘に……そのような……」
言の葉の君は、ただ静かに微笑んだ。
言の葉の君「縁とは、身分に宿るものではなく……言の葉に宿るものです」
その日より。
敦姫のもとへ、都から和歌が届く。
敦姫は文を手に取り、首を傾げた。
敦姫「……誰」
筆跡は整い、言葉は静かで、
けれど不思議な温度を持っていた。
【知らぬ名を
呼べば胸に
風立ちて
逢わぬ人さえ
恋しくぞなる】
敦姫は、思わず息を止める。
敦姫(……知らない人、なのに)
胸の奥が、ひどく静かに揺れた。
懐かしさではなく、
理由のない引力。
敦姫「……なぜ……」
指先がわずかに震える。
敦姫「……どうして、こんなに……」
言葉にできない違和感を抱えたまま、
しばらく文を見つめ――
やがて、そっと筆を取る。
敦姫、返歌。
【知らぬ身に
心動くと
知るものを
名も知らぬまま
何と呼ぶなり】
ーーー
……ある日
言の葉の君が旅して敦姫の元に来る。
敦姫「え、来た!?え、来た!?和歌の人来た!?何で??」
部屋の御簾の向こうに人の気配。
敦姫「……あ、えっと……その……遠い所から……」
言の葉の君「来た」
敦姫「雑!!旅の苦労とか全部省略された!!」
言の葉の君「想像より、ずっと元気だな」
敦姫「田舎育ちですから!!平安でも体力型ですから!!」
言の葉の君 「……敦姫」
敦姫 「いやそれより待って待って待って」
言の葉の君 「……?」
敦姫 「和歌一往復で来る!? 早くない!?
恋文文化のテンポそれで合ってる!?」
言の葉の君 「……合っていない自覚はある」
敦姫 「あるんだ!!」
言の葉の君 「だが、来てしまった」
敦姫 「来ちゃった側の開き直り!!」
言の葉の君「……止まらなかった」
敦姫「え?」
言の葉の君「来ない理由は、いくらでもあった」
言の葉の君「だが……」
ほんの少し間。
言の葉の君「来る方が、楽だった」
敦姫「……なにそれ」
言の葉の君「分からない」
言の葉の君「隣にいる想像の方が、
妙にしっくりきた」
敦姫「……え?」
言の葉の君「……初めて会う気がしない」
敦姫「御簾越しなのに!?」
言の葉の君「いや、ガチで」
敦姫「やめて怖い!!」
言の葉の君「はっはっは」(笑み)
敦姫「和歌の雰囲気と今の雰囲気のズレが大きすぎてお顔の想像が追いつきません……」
言の葉の君「覗けば?」
敦姫「軽っ!!倫理観どこ行った!!」
敦姫(小声)
「……でも……ちょっとだけ……見たい……」
御簾の隙間から覗く。
同時に――
言の葉の君もガン見。
視線ドーン。
敦姫「目合ったぁぁぁぁ!!」
敦姫(慌てて御簾引っ込む)
敦姫「見ないでください!!」
言の葉の君「見た」
敦姫「宣言すんな!!」
言の葉の君「……やっぱり、目は変わらないな」
敦姫「変わらないってなんですか!?」
言の葉の君「心の奥にいた人と、同じ目だ」
敦姫「急に綺麗に言うな!!反応困る!!」
言の葉の君「敦姫が慌てるの見るのが楽しい!」
敦姫「趣味悪っ!!」
御簾が揺れる。
閉じたはずの隙間から、細い光。
敦姫は座り直す。
袖が、ほんの少し前へ落ちる。
言の葉の君はそれを見るが、何も言わない。
敦姫「……見えてないですよね」
言の葉の君「見ている」
敦姫「だから宣言するな!!」
少し沈黙。
敦姫「……変なの」
言の葉の君「何が」
敦姫「今日、初めてちゃんと会ったのに」
敦姫「もう、ここに居るのが普通みたい」
間。
言の葉の君、静かに答える。
言の葉の君「普通だろ」
敦姫「え?」
言の葉の君「俺は、最初からそのつもりで来た」
敦姫「何のつもりですか!?」
言の葉の君「隣にいるつもり」
敦姫「御簾!!」
言の葉の君「位置の話だ」
敦姫「紛らわしい!!」
敦姫「……でも……」
敦姫「……そういう所が……」
敦姫「……いえ!その、今日は……会えて……楽しいです」
言の葉の君「だろ」
敦姫「ドヤるなぁぁ!!」
言の葉の君「だが、もっと話したい」
敦姫「軽っ!!恋愛速度が平安じゃない!!」
言の葉の君「可愛い」
敦姫「急に褒めるな!!感情追いつかない!!」
敦姫「……だから……あの」
言の葉の君「?」
敦姫「また……来ます?」
言の葉の君「もちろん」
敦姫「軽っ!!」
言の葉の君「…………好き」
敦姫「直接言うなぁぁぁぁ!!この時代は和歌で包めぇぇぇ!!」」
こうして二人の縁は、
和歌より速く、
恋より騒がしく、
静かに始まってしまった。




