室町時代ー選び
夜。
母屋の奥座敷。
障子越しの月明かりが、畳に薄く落ちている。
爺は縁側に背を向けて座り、煙草を吹かす。
敦乃の父と母は、少し距離を空けて後ろに正座している。
母「……あの子は、幸せです」
爺「知っとる」
父「琴之は、逃げません」
爺「それも知っとる」
母「なら……」
爺の視線は
村の外――崩れた堤の方角へ向いていた。
爺「だからこそ、許さん」
短く、重い沈黙。
母「……お爺さまは、こう思っておられるのですよね」
爺「……何をだ」
母「敦乃が、裕福な家に入れば――
食べさせてもらえる。血が、残る。」
爺は、否定しない。
父が続ける。
父「琴之は……」
一拍置いて。
父「天涯孤独。
貧しく。
堤防の動員に名があり。
いつ死ぬかも分からぬ男」
爺「……」
父「敦乃の生きる確率は、下がる」
母「だから……拒まれたのですね」
爺は、ゆっくりと煙草の煙を吐く。
爺「そうだ」
短く。
だが、重く。
母「……でも」
母は声を震わせずに続ける。
母「お爺さまは、分かっておられるはずです」
母「敦乃の心が、どこにあるかを」
爺は目を閉じる
長い沈黙。
囲炉裏の火が、ぱちりと音を立てる。
やがて爺は、低く言う。
爺「……分かっとる」
母「……」
爺「分かった上で、孫を生かす方を選んだ」
爺「家長とは、そういう役だ」
爺はゆっくりと二人を見る。
爺「孫が、生きていれば」
爺「それで、よい」
一拍。
そして、ぽつりと。
爺「……それでよいと、
思わねばならん」
父「……」
爺「貧しい男に嫁げば、孫の生は細る」
爺「天涯孤独の男に嫁げば、守る者が減る」
爺「死線に立つ男に嫁げば、
孫は“待つ者”になる」
母は唇を噛む。
爺「……琴之は」
爺「毎年、同じ目で頭を下げる」
爺「……あれは、簡単なことではない」
母「……」
爺「あの男に預ければ、
孫は幸せになるかもしれん」
爺「だが……生き残れる保証はない」
爺「幸せと、生存は違う」
静かな沈黙。
爺「だがな」
一度だけ、声がわずかに揺れる。
爺「幸せが分からぬほど、老いてはおらん」
母「……」
爺「……」
爺「強制動員が終われば……」
爺「戻れば……」
爺「その時は……」
爺「迎えさせる」
両親が顔を上げる。
爺「だがな」
爺「それは、孫には言わぬ」
爺「希望を持たせて、
消える背を見せることは出来ん」
爺「戻らねば……」
言葉を切る。
爺「その時は、孫を“生かす道”を選ぶ。」
爺は小さく息を吐く。
爺「正しいかどうかは、知らん」
爺「だが……間違えたとは、思っておらん」
母は静かに涙を落とす。
父は深く頭を下げる。
囲炉裏の火だけが、静かに燃え続けている。




