室町時代ー温度
夕方。
村外れの畦道。
二人は畑の仕事を終え、
鍬と籠を手に並んで歩いている。
土のついた指。
肩が触れそうで、触れない距離。
その距離が自然である理由を、
二人とも考えたことはなかった。
道の先、山の向こう。
崩れた堤防のある方角を、琴之はぼんやりと見ていた。
近々、その再建工事のための強制動員がある。
琴之の名も、すでに名簿に載っていた。
――一年以内には戻れる予定だ。
……それでも。
琴之(……今は、考えすぎないでいよう)
敦乃は、少し険しいその横顔を盗み見る。
けれど何も言わず、ただ歩調を合わせた。
畦道に、足音だけが続く。
やがて、琴之がぽつりと呟く。
琴之「……俺さ。変な夢、見た」
敦乃「変?」
琴之「敦乃なのに、敦乃じゃない女性で……
俺、名前も呼べなくて。隣にも立てなくて。
ただ、遠くから見てるだけだった」
敦乃「……悲しい夢ね」
敦乃は少しだけ歩く速度を落とす。
そして、両手で持っていた籠を片手に持ち替え、
そっと、手を差し出した。
敦乃「……じゃあさ。今ここで、呼んで」
琴之「……え」
敦乃「私の名前。呼んで。手も、握って」
琴之「……手、泥だらけだぞ?」
敦乃「私もよ」
二人で、ふっと笑う。
そっと手を重ねる。
長く働いて固くなった指。
荒れているのに、小さくて、あたたかい。
琴之(……隣に立てる)
琴之(……触れられる)
琴之(……声も、目も、全部……近い)
それだけで、胸が満たされる。
琴之「……幸せだな」
敦乃「でしょ♪ 今日植えた里芋が豊作なら、もっと幸せ」
琴之「現実的すぎるだろ」
敦乃「大事でしょ」
琴之は、苦笑しながら空を見る。
夢の中のような、きらきらした衣はない。
丈夫な家も、広い屋敷もない。
家は隙間だらけで
冬は寒く、夏は暑い。
それでも。
琴之は思う。
(……ここで、隣にいる)
(それだけで、いい)
手を繋いだまま、二人は畦道を進む。
琴之は、その手を離さないように歩いた。
ただ、それだけを大事にして。




