第七話 神童と天才
黒服にサングラス。坊主頭の浅黒い肌をしたいかつい男が、こちらに向かって歩いてくる。
えるまがぼんやりとその男を見ていると、男はえるまの前で立ち止まった。
「こんにちは、えるま様」
男は挨拶をすると丁寧に頭を下げる。その様子を見ていた街の人達は目を丸くした。
「こんにちは、丸木さん。調律の仕事で来たんですが、丸木さんがいるっていうことは……」
「はい、このエリアは一如様が担当されております」
その言葉を聞いた久米が片眉を上げる。
「おかしいわね、担当は代わったはずなんだけれど」
「大変申し上げにくいのですが、交代相手がえるま様ということで一如様がヒートアップしてしまいまして」
「はあ、相変わらずね。あなたのところの”神童”さんは」
久米はため息をつき、肩をすくめた。
重藤一如21歳。御弓流の正統後継者。えるまが18の年に調律師認定されるまで、最年少調律師の記録保持者であり、若かりしころより”神童”ともてはやされていた。
「それで、手を引けと? そんな我儘、担当官である私が認めないわよ」
「いえ、それが……えるま様を連れてくるようにと」
丸木は言いづらそうにしながら、えるまに顔を向けた。
「ええ? 面倒はごめんです」
帰りたそうな気配をみせたえるまの前に、丸木がひとつの紙袋を差し出す。
中身は石田屋の饅頭詰め合わせ。ピタリと、えるまの動きが止まった。
「……話を聞くくらいなら」
久米が丸木を睨む。まるで「やってくれたわね」とでも言いたげな視線だったが、丸木はそれを軽く受け流した。
「では、こちらへ」
◇
丸木に連れられ、えるまは神社の境内まで来ていた。
そこに、黒服たちを従え、腕組みした白いスーツ姿の男が立っている。
「一如様、えるま様をお連れいたしました」
「ご苦労」
一如は、もくもくと饅頭を頬張るえるまを睨みつけると、久米に向かって話を始めた。
「今回の交代について私は納得していない。歪みの調律はすでに2箇所ほど終えている。別域はお気に入りに実績を積ませようという魂胆か?」
「一如さん。別域はそのような意図で動くことはありません。歪みに関しての情報を手に入れたので、真偽を確かめるために来ました」
「どんな情報だ? どうやって手に入れた?」
「情報の詳細や提供元については言えません」
久米の答えに、不満の顔を隠そうともしない一如。
「えるま。今回の件、どちらが先に解決するか僕と勝負しろ」
「え、いやです。面倒だし」
「ふん、貴様がそう言うだろうということは予想していた。だが、いいのか?」
「なに?」
横合いから丸木が差し出したのは、ヒルトンホテルのマーブルラウンジビュッフェプラン3種類のペアチケットだった。
「この僕に勝ったのなら、これを賞品として進呈しようじゃないか」
「……」
「ただし、僕が勝った場合は、今回の件を別域でのランク査定にかけてもらう」
別域でのランク査定では、現在えるまが特A級でトップ、次いでA級に重藤という順になっていた。
一如は自身の勝利を疑っていない様子で、えるまを指さした。
「さあ、どうするね?!」
「……まあ、それくらいなら?」
えるまの答えに、一如が満足気に頷く。
「よおし、言質はとった。では勝負開始といこうじゃないか」




