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第六話 ダフニアとレモンパイ

 ——えるまが特大パフェに手を伸ばしかけたとき、久米のスマホが鳴った。


「…………」

「出ないんですか?」


 スマホの画面を見て、渋い顔をする久米にえるまが不思議そうに尋ねた。


「知らない相手からなの、この番号を知る人は限られているはずなのに」


 久米の示した発信者はDaphniaダフニアと表示されていた。

 えるまにも心当たりはなかった。

 

 早く出ろとばかりに、スマホは鳴り続けている。久米は画面をスワイプした。


「もしもし?」

「もっと早く出てほしいね。時は金なりだよ」

 

 性別が判断しづらい声色だが、おそらくは女性。

 声量は大きく、電話越しでもえるまの耳にまでその声が届いていた。

 

「挨拶もできない人と、これ以上話すつもりはありません」


 通話を切ろうとしたが、思いがけない質問に久米の指が止まった。


「貴方、ケーキは嫌いなの?」

「何のこと——」

「その店で、レモンケーキを食べないなんてつまらない人間だね」


 久米は店内を見回すが、自分たちの他に客の姿は無い。マスターはカウンター内で黙々とグラスを磨いている。

 えるまは目配せしてくる久米に首を振った。律は乱れていない。


「私はダフニア。少しは話を聞く気になったか?」

「そうね。色々聞きたいことがあるけれど、どうせ言いたいことしか言わないタイプでしょ」

「そうとも。ああ、キミの相方がパフェを食べるのを邪魔するつもりはない。アイスが溶ける前に食べるといいよ」

 

 手を止めていたえるまが、思い出したようにパフェを食べ始める。やはり美味しい。

 パフェを口に運ぶたび、目を細めるえるまを見て、少しだけ久米の頬が緩んだ。

 

「それで要件は何かしら?」

「あなた達の仕事に関わる情報がある」

「一般、それも正体不明の相手からの仕事は受けられない。それくらい分かるでしょう?」

「わかるとも、国家権力の飼い犬さん。私はただ情報を伝えるだけ、それをどうするかは自由に決めたらいい」


 否定的な態度をとる久米に対して、ダフニアはまったく変わらぬ調子で話を続けた。


「最近、板橋区で増えている謎の怪我人や事故だけれど、身代わり地蔵による律の歪みが原因だ」

 

 その言葉に、久米はいっそう真剣な表情になる。それは、ちょうど別域担当が捜査している案件だったが、その歪みの正体はまだ判明していなかった。

 

「あなた、それをどこから——」

 

 そこまで言いかけた久米は口を閉ざし、軽く頭を振った。

 

「……まあいいわ。要件はそれだけ?」

「そうだね。ああ、それと——」

 

 一拍置いて、ダフニアは楽しげに続ける。

 

「その店はレモンパイもおすすめだよ。それじゃ、ごゆっくり」

 

 ぷつり、と通話が切れた。

 しばらくスマートフォンを見つめていた久米は、小さく息を吐く。

 

「……レモンパイ」

 

 えるまがぽつりと呟いた。

 その一言に、久米は思わず苦笑し、カウンターへ声をかける。

 

「マスター。レモンパイと、それからレモンケーキをください」

「かしこまりました」


 ◇


 板橋区某所。


 今日も救急車のサイレンが鳴る。

 また一人、原因不明の重傷者が運ばれていく。

 そのすぐそばで、古びた地蔵だけが何事もなかったように道行く人々を見つめていた。

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