第四話 初任務と顔合わせ
こうして二人でスイーツを食べるようになったのはいつからだろう? と久米は記憶を辿った。
確かそう、あれは別域担当になって初めて仕事を受けた時だ——。
◇
久米は、 警察庁特別域外事案対策室、通称『別域』に回されたばかりだった。
キャリアにして25歳で警部。来年には警視になるだろうと思われていただけに、今回の異動は不満しかなかった。こんな非常識な組織に来るなんて私のキャリアも終わりだ。そう思うと、絶望的な気持ちになる。
新しい担当者と、今日はじめて現場で顔合わせをすることになっていた。事前の打ち合わせもしないなんて非常識極まる。資料によると若干18歳の最年少天才調律師。きっと天狗になっているに違いない。
久米はマンションに足を踏み入れた。
ふと、立入禁止のテープの向こうで、子どもが遊んでいるのが目に入った。
「待ちなさい。ここは立入禁止ですよ」
声をかけるが、子どもは奥へと歩いていく。聞こえていないのか、あるいは無視しているのか。
「止まって!」
声を上げ追いかける。だが、子どもは足を止めない。久米はロープをくぐり、その後を追った。
子どもは歩いているように見えるのだが、何故か距離が縮まっていかない。
新しい調律師とも合わなくちゃいけないのに……久米の心に焦りが生まれ始めていた。
廊下の角を曲がると、その先で子どもがこちらを見ている。
久米はなるべく怖がらせないように、やや急ぎ足くらいのペースで近づいていく。
あともう一歩——がしりと、強い力で左腕を掴まれ、そのまま後ろに引き倒される。
「しっかりしてください!」
声と同時に、キーンという澄んだ音が響く。
目の前の光景がブレると、子どもの姿が掻き消えた。
代わりにあったのは、崩落し大きく穴の開いた通路だった。
「え……あ……?」
今まで見ていたものは、何だったのか。久米が信じていたはずの日常が、音を立てて崩れていく。
あの子どもは何だったのか、確かに目があった。心が保てなくなりそうになる、その瞬間。
再びキーンという澄んだ音色が響いた。
「落ち着いて、この音に集中してください」
えるまの音叉は歪んだ律だけでなく、久米の心も静かに調律し、平穏を取り戻していく。
「あ、あなたは?」
「私はえるま。調律師です」
久米はその言葉に目を丸くした。確か資料では18歳ということだったが、落ち着いたその姿はもっと大人びて見えた。
「どうしました? まだおかしな感覚が残っていますか?」
「いえ、大丈夫よ、ありがとう。わたしは久米歩。あなたの担当になった者です」
「そうですか、よろしくお願いします」
えるまは落ち着いた声で答えた。
「こんなことは、日常茶飯事なのかしら?」
「今回、久米さんは中度異律遭遇者にあたります。運が悪かったですね」
資料で読んではいた。怪異や歪んだ律だとか非現実的な戯言。良くて験担ぎの一種くらいにしか考えていなかった。
久米が考え込んでいると、ぐぅと大きな音が鳴った。
「おなかがすきまして」
えるまが恥ずかしそうにお腹をさする。
「近くにあるいいカフェを知っているの」
◇
——あれから二年。
眼の前で、えるまはレモンケーキを頬張っている。
好物のスイーツを食べている時、年相応の可愛さが垣間見える。久米はその瞬間が好きだった。
「おいしい?」
「はい」
えるまが特大パフェに手を伸ばしかけたとき、久米のスマホが鳴った。




