第二十四話 報告と誤算
薄暗い部屋の中、狭山透は電話を切ると、深く息を吐いた。
テーブルの向こうでは、雨宮紫苑がゆったりとソファに腰掛け、報告を待っている。
「蛇塚が接触したそうです。埼玉の山中で、えるまと」
「接触? こちらから指示は出していないはずだけれど」
雨宮の声に、抑揚はない。だが、その静けさが、かえって狭山の背筋を緊張させた。
「はい……蛇塚は元々、えるまの動向を尾行しておりました。それが、山まで続いていたようです」
「尾行の範囲を、勝手に広げたということね」
「加えて、山中で人目がなかったこともあり、独断で戦いを仕掛けたと」
雨宮は小さく息を吐き、扇のように広げた資料の端を指でなぞった。
「見られる心配がないと踏んで、手を出したというわけ。あの子らしいと言えばらしいけれど」
「申し訳ございません、監督不行き届きで」
「いいえ。むしろ知りたいのはそこじゃないの」
雨宮は資料を閉じると、狭山をまっすぐに見た。
「その山に要石があるという情報、私たちの手元にはなかったはずよ。蛇塚はただえるまを尾行していただけで、山そのものを事前に把握していたわけじゃない――そうよね?」
「はい。蛇塚からの報告でも、あくまでえるまを追っていたら、山へ向かった、という話です」
雨宮はしばらく黙っていた。
「厄介ね」
「はい」
「私たちの知らない筋から、私たちより先に情報を掴んでいる」
雨宮は資料の中の一枚、あきらの経歴を纏めた紙に目を落とす。動画配信者、怪奇マニア、命の恩人へ執着するだけの部外者――そう報告書には書かれている。
「例のゴスロリの子。怪奇ネットワークとやらの伝手が、思ったより侮れないということかしら」
「調べさせておりますが、情報の出所までは辿れておりません」
「そう。まあ、いいわ」
雨宮は椅子の背に体を預けた。
「蛇塚には、今後は勝手な真似を控えるよう伝えておいて。尾行は結構、でも接触は私の許可を得てから。今はまだ、えるまと事を構える段階じゃない」
「畏まりました」
「それと」
立ち上がりかけた狭山を、雨宮が呼び止める。
「他の要石について、こちらでも調べておいて。えるまにとって重要な情報は、私たちにも使いようがあるわ」
狭山は一礼すると、部屋を後にした。
ひとり残った雨宮は、窓の外へ目をやる。
えるまの背後にちらつく、正体不明の情報網。あきらという小娘が持つ怪奇ネットワークの伝手が、どこまで本物なのか。それが敵か味方かも、まだ判断がつかない。だが少なくとも、蛇塚のような、目についた機会に飛びつくだけの粗雑な手駒だけでは、その正体を暴くことはできないだろう。
「怪奇ネットワーク、か」
雨宮は小さく呟くと、口元にわずかな笑みを浮かべた。




