第二十三話 予感と分かれ道
煙が完全に晴れても、えるまはしばらくその場を動かなかった。
蛇塚が消えた方角の木々を見つめたまま、音叉をしまう。
「誰かが、私たちをあの男に尾行させていた」
もう一度、口の中だけで呟く。座標は、あきらが持ち込んだ情報にしかなかったはずだ。だとすれば――。
「え、えるまさん。大丈夫ですか、その、私のせいで……」
あきらの声が震えている。久米に支えられながらも、俯いた顔には明らかな怯えがあった。
「あきらのせいじゃない」
えるまは短く言った。あきらが持ってきた情報のせいで尾行されていたのか、関連性ははっきりとしていない。
「久米さん。どうする?」
「……続けるわ。ここで引き返したら、蛇塚とやらの思う壺かもしれない」
久米は地図を広げ直すと、GPSの座標を確認した。あと少し、目的地までは距離がある。
「あきら、歩ける?」
「は、はい……大丈夫、です」
あきらは震える手で涙を拭うと、無理に笑みを作った。まだ本調子ではなさそうだったが、足取りはしっかりしていた。
三人は再び歩き出す。木々の密度が増し、日差しが遮られていく。えるまは先頭を歩きながら、絶えず周囲の気配を探っていた。律の乱れは、まだはっきりとは感じられない。ただ、空気の質感がわずかに変わっているのは分かる。
一時間近く歩いた頃だろうか。道が二手に分かれる場所に出た。片方は緩やかな下り、もう片方は険しい登りへと続いている。GPSが示す座標は、下りの道の先だった。
「こっちだね」
えるまが下りの道へ足を向けようとした、その時。
「――待ってください」
あきらが、ぴたりと足を止めた。
「どうかした?」
久米が振り返る。あきらは何かに耳を澄ますように、じっと目を閉じていた。両手を軽く胸の前で握りしめている。
「なんか……こっちじゃない、気がします」
あきらの視線は、GPSが示すのとは逆――険しい登りの道の方を向いていた。
「座標はこっちよ」
「わかってます、わかってるんですけど……なんか、こう、気持ち悪いんです、あっちの方が」
あきらは自分の言葉に困惑しているようだった。うまく説明できないもどかしさが、その表情に浮かんでいる。
えるまは無言であきらの隣に立つと、あきらが見ている方角へ視線を向けた。目を細める。しばらくの沈黙。
「……あきら」
「は、はい」
「もう一回、感じてみて。どんな感じ?」
あきらは戸惑いながらも、もう一度目を閉じた。
「んー……もんもん、ぐんぐん、みたいな」
その言葉に、えるまの目つきが鋭くなり、顎に手を拳をあてた。
「えるまはどう感じているの?」
久米はその手の感覚に関しては、自身が全くの無力であることを自覚している。だが、それだけに冷静だった。
「山全体から歪みが感じられるように仕掛けれられていて、どれが本物なのかまだわからない」
「わたしは、あの時の感じがする方角はひとつだけです」
あきらの答えに、えるまがある仮説を立てた。
「もしかしたら、要石の歪みにより敏感になっているのかもしれない」
久米はしばらくえるまとあきらを見比べていたが、やがて小さく頷いた。
「あきらの感じる方向へ向かってみましょう」
「うん」
「ありがとう」
えるまは音叉をポケットの上から握りしめると、険しい登りの道へと足を踏み出した。
「信じてくれるんですか」
「わからない。でも、確かめる価値はある」
えるまの言葉に、あきらの表情が、わずかに緩んだ。




