十八話 おごりと約束
『埼玉の山、要石の情報。あきらも同行希望。歪みを感じられるようになったかもしれないと言っている』
文字にしてみると、随分と要素が詰め込まれている気がした。だが、これ以上うまくまとめられそうもない。あとの判断は久米さんに任せよう。えるまはそのまま送信ボタンを押した。
メールを送り終えて一息ついたえるまは、残っていたパリ・ブレストを丁寧に食べ進めた。クリームの甘さと、香ばしいアーモンドの食感。知らずと頬が緩む。
「美味しい」
「ここ、本当美味しいですよね! わたしも——」
あきらの止まらないお喋りに驚いたものの、楽しく時間は過ぎていった。
気がつけば、テーブルはすっかり空になっていた。えるまは伝票を確認しようとしたが、あきらがさっと手を伸ばして先に持っていってしまう。
「ここは私が」
「いい、割り勘で」
「いいんです、いいんです。今日は私の番ってことで」
「今日は?」
「はい、次の機会があれば、えるまさんが奢ってください」
ニコニコと笑顔を浮かべてはいるが、決意は固いようだった。えるまはそれ以上言い返さず、頭を下げるにとどめた。
「ありがとう」
「どういたしまして!」
店の外に出ると、日は傾いており、地面に長い影を伸ばしていた。
「それじゃあ、また連絡しますね」
「うん」
「お返事、待ってます!」
あきらは軽く手を振ると、来た時と同じ方向へ歩き去っていった。えるまはその背中をしばらく見送ってから、ポケットの中のスマホを確かめた。まだ返信はない。
(久米さん、何してるんだろう)
深く考えることはせず、えるまは帰路についた。無意識にポケットの中の音叉の感触を確かめる。家に着く頃には、夕方の気配が近づき始めていた。
玄関の鍵を開け、コートを脱ぐ。えるまは靴を脱ぎ捨てると、そのままソファに倒れ込んだ。スマホを顔の上に掲げ、画面を見る。返信はまだ来ていない。
(考え中、なのかな)
久米が即答しないということは、それだけ慎重に考えているということだ。あきらを連れて行くことに対して、何かしらの懸念があるのだろう。それは、えるま自身も分からなくはなかった。
検査だ、調査だと言っても、相手は素人だ。しかも今回は要石が絡む。前回の身代わり地蔵とは、危険度がまるで違う。
それでも——。
えるまは天井を見上げながら、あきらの弾んだ声を思い出していた。
「私もご一緒させてください!」
あの必死さは、少なくとも遊び半分のものではなかった。えるま自身、あきらの持ち込む情報の精度には、何か引っかかるものを感じている。ただの「怪奇ネットワークのコネ」で片付けていいものなのか、正直まだ判断がつかない。
(まあ、久米さんが決めることだけど)
えるまは寝返りを打つと、スマホをテーブルに置いた。空腹を覚え、台所へ向かう。冷蔵庫を開けると、作り置きのサンドイッチの材料が目に入った。せっかくだから、明日の分も多めに仕込んでおこうか。
パンにハムとレタスを挟みながら、えるまはぼんやりと考える。
山、要石、宗次郎——。
名前を思い浮かべるたび、胸の奥に小さな痛みが走る。その感覚は、いつになっても慣れる気がしない。
つまみ食いをしつつ、明日のお弁当の準備をすませると。途端にだらけモードにはいった。
えるまはソファにだらしなく横になる。スマホを取り出すと、特に見たいネタがあるわけでもなかったが、髙山あきらの動画配信を見てみることにした。
やっぱり、同じ格好だ——ぼんやりと動画を見ながら、そう思った。
うとうとしだした頃、胸元でスマホが震えた。
久米からの返信だった。




