第十六話 決意と再会
久しぶりに自分のベッドで、えるまは目覚めた。
窓からの陽射しは、いつもの同じはずだが、やけに眩しく感じられた。
軟禁部屋の壁も天井も、思い出せば思い出すほど輪郭が薄れていく。だが、あの声だけは違った。
——後悔することになるぞ。
振り返っても誰もいなかった。あの部屋には、最初からえるまひとりしかいなかったはずなのに。
律の乱れではない。もっと別の、何か。だが、今それを考えても答えは出ない。
えるまはあくびを噛み殺すと、枕元に手を這わせる。指先に、音叉の冷たい感触が触れる。
(宗次郎……師匠を、探す)
査問官たちは、犬養宗介という破音との接触を咎めた。だがそれは結果論だ。あの時えるまが追っていたのは、要石の情報——それも、宗次郎に繋がるかもしれない、という一縷の望みだった。
軟禁されて失ったのは三日間だけではない。あの三日間、何度も「調律師をやめようか」と考えた自分がいた。それは今も変わらない。院が足を引っ張るなら、肩書など投げ捨てるまでだ。
(調律師は辞めたとしても、師匠の捜索は続ける)
止まっている暇はない。犬養が偽名を使い、破音だったのだとしても、宗次郎の手がかりが完全に消えたわけではないはずだ。
準備を整え、出かけようとした、その時だった。
不意にスマホが鳴った。手に取ってみると『髙山あきら』と表示されている。誰だったろうか? えるまは小首をかしげながらも出ることにした。
「その節は大変お世話になりました。えるまさん」
「えーと」
「トンボ柄の巾着、要石」
「ああ、あの時の」
「はい! 是非お礼を言いたくて」
あきらの弾む声を聞きつつ、えるまの中で記憶がつながった。確か黒っぽい、ああいうのをゴスロリというのだったかを来ていた子だ。
番号は警察から聞いたのだろうか? 個人情報の扱いについて、今度久米さんに苦情をださないと。
「——ですね、要石らしいんですよ」
「え?」
考え事をしながらなんとなく聞いていたが、要石というワードに反応した。
「ですから、要石についての情報が怪奇ネットワークに流れてきたんです」
「怪奇ネットワーク……」
そういう界隈で発達した情報網があってもおかしくない。この髙山あきらという人物は、前回もどうやってか本物にたどり着いていた事を思い出した。
「えるまさんが言ったじゃないですか。本物に触れるんじゃなくて、本物を知ってる人間に話を聞けって」
えるまは瞬きをした。そんなことを言った記憶はあるが、まさか律儀に守っているとは思わなかった。
「私に聞けと言ったわけでは」
「細かいことはいいんですよ。それで、聞きます? 聞きません?」
えるまは少し考えた。
(勘、だけど。この話は聞くべき)
「聞きます」
「よし、決まりですね!」
あきらの声が、心なしか弾んだように聞こえた。
「それじゃあ、直接あってお話したいのですけれど」
「え? このまま電話じゃだめなの?」
「口だけで上手く説明できる自信がなくって」
「……わかった。それじゃあどこかで落ち合おう」
「ありがとうございます! では『パルドン』でどうですか?」
『パルドン』家から二駅ほど行ったところにある落ち着けるカフェで、えるまもよく好んで利用していた。
「そこいいよね」
「ですよね! それじゃあ14時に『パルドン』前でいいですか?」
「わかった」
『パルドン』はパリ・ブレストが美味しかったな。えるまは何を食べようか考えつつ、出かける準備を始めた。




