第十五話 差し入れと宣戦布告
『Lemon』は以前と変わらぬ素朴さで、えるまを迎えてくれた。
「いらっしゃいませ」
「マスター、特大パフェをお願い。あと、レモンケーキも」
「かしこまりました」
席に着くと、久米が小さく息を吐いた。
「今回のこと、正式に抗議しておくから。あなたは何も心配しなくていいわ」
「……ありがとう」
運ばれてきたレモンケーキを前に、えるまの目が少しだけ輝く。三日ぶりのまともな食事に、手が自然と伸びた。
それを見た久米の口元が、わずかに緩む。
テーブルの上で、久米のスマホが震えた。
画面に浮かんだ名前を見て、久米は一瞬、息を止めた。
Daphnia。
連絡が来るだろうとは思っていた。えるまの居場所も、彼女からリークがあったからこそ、分かったのだった。
「マスター、お手洗いをお借りします」
えるまがパフェに夢中になっているのを確かめてから、久米は静かに席を立った。
店の裏手、人気のない通路でスマホを開く。
『お疲れ様。差し入れだよ』
メッセージに添付されていたのは、三つのファイル。蒲生敦彦、早乙女頑竹、神楽岡泰造。
それぞれのファイル名には、査問官の名前がつけられていた。
開いた瞬間、久米は眉をひそめた。裏帳簿らしき数字の羅列、私的な会食の記録、表には出せない取引先とのやり取り。どれも、公になれば調律院での立場を揺るがすに十分な内容だった。
前回の身代わり地蔵の情報も正しかった。このダフニアという人物の情報はあてになる。
久米は思考を巡らせる。
これであの三人は黙らせることができるだろう。だが、恐らくその後ろに誰かがいるはず。まだまだ油断は出来ない。正式な方法で、えるまを保護しなくてはならない。
ただ、不幸中の幸いだったのは、ダフニアは単なる情報屋ではないというのが明らかになった事だ。彼女は確実に怒っている。えるまを不当に軟禁したことについて。今のところ、えるまの味方だと考えてもいいだろう。久米は画面を閉じ、小さく息を吐いた。
手の中で再びスマホが振動した。
「狭山透……律世会?」
メールには、律世会の組織図と、狭山透という人物についてのプロファイルが送られてきていた。そいつが今回のリーク騒動の実行犯。
おそらく黒幕は、教祖の雨宮紫苑。トップ層の正体は破音であると書かれていた。
律世会については、たまに名前を聞く新興宗教というイメージしかなかったが、本当だとすると、この情報は安易に扱うことは出来ない。別域の誰か信用出来る人に相談する必要がある。
「とんでもない爆弾を放り込んでくれたわね……」
ダフニアはとことんやるつもりらしい。私がいつまでも手をこまねいていれば、もっと過激な手段を取る可能性も考えられる。
「いいわ、やってやろうじゃない」
スマホを握りしめる手に再び振動。
今度は何?
『新発売のレモンタルトもおすすめ』
「フフッ……」
戦うとなったらまずは腹ごしらえだ。
久米は店内へ戻ると、何事もなかったかのように、えるまの向かいに腰を下ろす。
「お待たせ。レモンタルトが新しく出たらしいわ、もう少し食べられる?」
「うん」
「マスター、レモンタルト2つください」
えるまが屈託なく微笑む。その顔を見ながら、久米はスマホをそっとバッグの奥へしまい込んだ。




