第十四話 沈黙と足音
「お待ちください、今は面会は――」
係の者が誰かを引き止めようとする、必死な声が聞こえる。だが、足音は止まらない。
ガチャリと、扉が乱暴に開かれた。
ヒールの音を隠しもせず、久米が部屋に踏み込んできた。
肩で息をしている。ここまで走ってきたのだろう、きっちりと結んでいたはずの髪が、少し乱れていた。
「久米さん?」
えるまが目を瞬かせる。予想していなかった顔に、頭の芯がまだ状況を追いつかせられずにいる。
久米の後ろから、慌てた様子の係員が追いついてきた。
「久米警視、困ります! こちらは奥院の管轄下での軟禁中で――」
「存じています」
久米は振り返りもせず、一枚の書類を係員へ突きつけた。
「彼女は、別域の担当官である私の管理下にある調律師です。三日間、こちらへの正式な通達も、面会の許可も一切ありませんでした。これは規定違反にあたるかと」
「規定違反、とは」
「奥院と別域、双方の管轄が重なる案件については、二十四時間以内に相互通達を行う――そういう取り決めがあったはずです。忘れたとは言わせません」
係員の顔が、みるみる青ざめていく。
「わ、私では、判断が――」
「では、判断できる方にお伝えください。私は自分の職務を果たすだけです」
「そ、それは――」
「結構です。行くわよ、えるま」
えるまは、黙って久米を見ていた。
こんなに強い言い方をする久米を見るのは、初めてだった。
久米はえるまへ向き直ると、表情がふっと和らいだ。
「立てる?」
えるまはのろのろと立ち上がる。三日ぶりに椅子から離れた足が、少しふらついた。
久米が咄嗟に手を伸ばし、その肩を支える。
「大丈夫よ、もう」
「……うん」
久米に続いて部屋を出ようとした、その時。
背後から、低い声が届いた。
「――後悔することになるぞ」
えるまは、はっとして振り返る。
部屋には、誰もいなかった。
三日間、ひとりで過ごしていたはずの、何もない部屋。声の主どころか、人の気配すら、どこにもない。
「……どうかした?」
久米が怪訝な顔で振り返る。
「ううん、なんでもない」
えるまは首を振り、扉を閉めた。空耳にしては、はっきりと聞こえすぎていた。
◇
奥院から外に出ると、日の光が目に痛かった。三日ぶりの、外の空気だった。
「お腹、空いてるでしょう」
久米が隣を歩きながら、静かに聞いてくる。
「うん、すごく」
「はい、とりあえずこれ」
久米はこっぺぱんの入った袋をえるまに渡した。
「『Lemon』に寄りましょう。マスターに、特大パフェを頼んでおくわ」
久米はそう言うと、少しだけ、いつもの笑みを見せた。
えるまは、その横顔をぼんやり見つめながら、ようやく肩の力が抜けていくのを感じた。
久米の運転するSUVは、いつも通りの緑の匂いがした。助手席に沈み込むと、張り詰めていたものが少しずつ緩んでいくのがわかる。
「疲れたでしょう、着くまで寝ていて良いわよ」
「ありがとう」
窓の外を流れる景色を眺めながら、えるまはぼんやりと呟いた。三日間、窓のない部屋にいたせいか、何気ない街並みがやけに眩しく感じられる。
久米は、それ以上多くを聞かなかった。ただ、赤信号で車が止まるたび、ちらりとこちらの様子を確かめるように視線を寄越す。
車に揺られるうち、いつしか夢の世界に旅立っていた。




