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第十三話 査問と破音

 昼過ぎ、不意に現れた調律院の使者は、「至急、参られたし」とだけ告げた。


 えるまは少しだけ眉をひそめると、手早く久米にメールを送り、サンドイッチを出来るだけゆっくり片付けた。

 

 連れて行かれた先は、調律院の中でもこれまで足を踏み入れたことのない、奥院と呼ばれる建物の一室だった。窓のない、白い壁に囲まれた部屋。長机の向こうに、偉そうなヒゲを生やした老人が3人、並んで座っている。

 それぞれ左から、蒲生 敦彦(がもう あつひこ)早乙女 頑竹(さおとめ がんちく)神楽岡 泰造(かぐらおか たいぞう)と名乗った。

 

 中央に座る、早乙女が軽く手を上げると、蒲生が口を開いた。その口調は、罪人を相手にしているかのようだった。

 

「神崎宗次郎の行方について、()()に情報を集めているそうだな?」


 神埼宗次郎。その名を聞いたえるまの表情が曇った。えるまの育ての親であり、調律を教えてくれた師匠。

 

「それが何か問題でも?」

「質問には、はい、か、いいえ、で答えなさい」


 えるまの質問を、早乙女が冷たく遮った。


「……はい」

「情報集め自体は問題ない。だが、その方法が問題になることもある」


 蒲生がもったいぶった口調でそう言うと、手を組んだ。

 

「君が、危険人物と接触したという報告が来ておる」

「危険人物?」

「この男に見覚えは?」


 プロジェクターに映された一人の男。えるまの脳裏に、あの夜の光景がよぎった。


 ◇

 

 人気のない繁華街の裏路地。看板もない扉を3回叩くと、油の匂いのする薄暗く狭い部屋に通された。

 

「ヤマダだ。情報屋をやっている」

 

 いかにも偽名っぽい名前だと思ったが、今はそれよりも情報が大事だった。宗次郎の足取りに繋がるという要石の在り処。その情報の出どころを疑わなかったわけではない。それでも、宗次郎に近づける手がかりなら、藁にでもすがりたかった。


 A4サイズの封筒を受け取る。この男は、物理的手段の方が追跡され難い分、安全だと信じているらしい。中身をパラパラと捲ってみると、えるまの欲しい情報が書かれていた。その情報が本当に正しければだが。


「……ダフニア」

 

 書類を弄りながらポツリと呟き、そっとヤマダの表情を伺った。

 

「そんな事、書いてあったか?」

 

 ヤマダは興味もなさそうに、肩をすくめただけだった。その反応に、噓の気配はない。少なくとも、この男とダフニアは繋がっていない。えるまはそう判断した。


 ◇

 

「……情報屋に、会っただけです」

「その男の名は、犬養宗介。破音(はおん)認定されている要注意人物の一人だ」

 

 初めて聞く名前だった。えるまの表情がわずかに固まる。

 

「知りません、そんな名前」

「本人はそう名乗らなかった、ということか」

「はい」

「都合のいい話だ。情報屋が、破音であったことを、お前は知らなかったと」

「そうです」

 

 知らなかった、というだけでは、この査問官たちは納得するつもりがない様子だった。

 

「その男が、破音の一人だという可能性は考えなかったのか」

 

 えるまは言葉に詰まった。アングラな相手である以上、その可能性がゼロだとはいいきれない。

 査問官たちの間に、微かな空気の変化があった。信じていない。それが、はっきりと伝わってきた。

 

 ◇

 

 査問が始まってから三日ほど過ぎていた。

 差し入れられる食事には、ほとんど手をつけていない。食べることが大好きだったのに、今は何を口に入れても味がしなかった。鏡があれば、頬がこけているのがわかっただろう。

 壁にもたれ、ぼんやりと天井を見上げる。

 

(もう、めんどうだな)

 

 調律師なんて、やめてしまおうか。そんな考えが、初めて頭をよぎった。

 

(そうなったら、久米さんとのスイーツ会もなくなるなあ)

 

 場違いなくらい呑気な考えが浮かんで、自分でも少しおかしくなる。それでも、笑う気力はなかった。

 その時、廊下の向こうから、ドタドタと荒々しい足音が近づいてきた。

 

「お待ちください、今は面会は――」

 

 係の者が誰かを引き止めようとする、必死な声が聞こえる。だが、足音は止まらない。

 ガチャリと、扉が乱暴に開かれた。

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