第十二話 痕跡と追跡
配線だらけの自室、壁一面のディスプレイの一つに、監視カメラの映像が映っている。別域が管理する庁舎の休憩スペース、その隅の防犯カメラをハッキングして拾った映像だった。
画面の中で、えるまが分厚いサンドイッチを、無言でもぐもぐと頬張っている。三段重ねのそれを咥えたまま、時折眠たそうな目を細めている。カウンターの向こうでは、久米が豆を挽いている。自家焙煎の豆へのこだわりは相変わらずらしく、休日でもコーヒーの質だけは絶対に妥協しない。
「いいなー、あの二人。あたしも混ざりたい」
あきらは、ぽっぷんきゃんでぃを一粒、口に放り込んだ。今日のは激辛わさびソーダ味。コロコロと舌の上で転がして、その絶妙な味(と、あきらは思っている)を楽しんだ。
まだ、あの輪に入れてもらえるほどの立場じゃないことは分かっていた。命の恩人に対する執着で強引に張り付いているだけの、部外者。それでも、こうしてカメラ越しに眺めているだけで満足している自分がいる。いつか堂々とあの席に座れる日が来ればいい——そんなことを考えながら、あきらは画面の中の二人をぼんやり眺めていた。
先日リークした身代わり地蔵の件は、無事えるまの手柄になったようだ。ただ、あの一如とかいう男は要注意人物としてマークしておく必要がある。
あきらは、ブラックリストに一如の名を書き加えた。
新しいネタが無いか、あきらは常に目を光らせている。
「えるま」「歪み」「調律」——このあたりのワードは、ネット上のあらゆる場所から片っ端から拾わせて、常時AIに精査させていた。怪異ネットワークの噂話、オカルト界隈の与太話、そのほとんどはゴミだ。だが、たまに本物が紛れ込む。それを見抜くのがあきらの仕事だった。
スクロールする文字列の中に、ひとつ引っかかるログがあった。
「……ん?」
二通のメール。片方は別域宛、もう片方は奥院内部の経路宛。内容は微妙に違う。別域向けは、えるまの「行動」に焦点を当て、破音との接触を仄めかす書き方。奥院向けは、えるまの「思想」に踏み込み、破音の考えに共鳴しているのではないかという疑念を煽る書き方。
あきらの指が止まった。
どちらも、完全な嘘とは言い切れない。要石の情報を追う過程で、えるまが破音と関わりのある人物に接触する可能性は、正直ゼロではない。だからこそタチが悪い。事実の欠片を混ぜて、都合よく歪めている。
「ひとつだけなら、いたずらか、個人的な恨みでも片付けられるけどさぁ……」
二つの組織へ、それぞれ違う角度で計算して撒かれた情報。これは、えるまに対して明確な悪意がある。目的はえるまの排除か、それとも——。
あきらの指がキーボードの上を滑る。中継サーバー、送信経路、痕跡を消したつもりの署名。丁寧に、しかし確実に、辿っていく。何重にも重ねられた迂回も、あきらにとっては大した壁ではなかった。
監視カメラの映像はまだ隅で流れ続けている。えるまがサンドイッチの最後の一切れを口に運び、久米が淹れたてのコーヒーを差し出す、何でもない光景。あきらはそれを視界の端に置いたまま、キーボードを叩き続けた。
夜が更ける頃、ようやく発信元にたどり着く。
組織名——律世会。そして、実際に送信していた、人物の名前が浮かび上がった。
狭山透。
律世会の教祖、雨宮紫苑の付き人のような立場らしい。
さらに、調査を進めていくと、えるまに対しても要石の情報をリークした痕跡があった。
あきらは椅子の背にもたれかかり、天井を見上げた。
「ほーん、へー、ふーん。そーいうことしちゃうんだー」
あきらは、ころりと舌の上でキャンディーを弄んだ。




