その血の宿痾
マーニ様を取り巻く世界は政略と謀略ばかりが渦巻く暗い世界で。
そんな世界にマーニ様は一人取り残されてしまった。
そこに漬け込もうという輩が現れるのは必然でした。
そして、マーニ様にはマーニ様の知らない血の秘密があるのです。
この国──コーレリア大公国。その成り立ちにも関係するその秘密が。
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今宵も私ことハティはお花摘みにやってきたのでした。
人通りの少ない路地裏を歩けば、すぐに釣れる。
追跡者たちが私の後ろを尾けてくる。
マーニ様の血を狙う輩どもは、まずマーニ様より先に私を排除したいのです。
マーニ様を担ぎ上げるにせよ、始末するにせよ。私が一番の障害なのですから。
逆に言えば私が無事でいる限り、マーニ様にその矛先は向かない。
ならば、この私が防波堤となろう。
振り返り、追跡者たちと対峙する。
けれど、いつもとは様子が違う。
普段の刺客は、外套を纏っていたり追跡に適した軽装をしていることが多い。
けれど、今宵の刺客は甲冑を着込んでいる。
そして、数が多い。十数人はいるでしょうか。
相手も本腰を入れてなりふり構わずこちらを潰しに来たか。私はそう踏んで剣を抜く。
けれど、一向に襲ってくる気配がない。
剣を抜いてこないのです。
「……?」
私が訝しんでいると、騎士の壁が割れた。
そして、一人の男が前に一歩出た。
「貴殿が、コルネリウスの護衛騎士か」
知らない顔でした。公爵家の者ではない。それならば、私は顔を知っているはず。
おそらく公爵より下の伯爵やら男爵の男でしょう。それも若い。その身なりは長いチュニックを着た貴族然としたもの。
身なりや周りからの対応からして、騎士や雇われのものではない。
おそらく周りの騎士が仕えてる貴族なのでしょう。
この戦場にわざわざ騎士でもない貴族がやってくるとは思わず、私は面食らってしまいました。
自分の身を危険に晒して何をしたいというのか。
「私はフォン・ゼッケンシュタイン伯爵家のピエール・フォン・ゼッケンシュタイン子爵だ。以後、お見知りおきを願いたい」
「これはこれは、ご丁寧に。私はマーニ・コルネリウス様の騎士、ハティ・フルールと申します」
名乗られたからには礼儀として剣を納め名乗り返してやるが、覚える気はありません。どうせ殺すのですから。
して、男はやはり公爵ではない伯爵家の者。
今宵の敵は、革命派の者たちのようでした。
マーニ様は血を狙われている。
現体制を打ち倒したい革命派の貴族に、そして、現体制を維持したい他の公爵家の者に。
なんとか子爵とやらはフンフンと頷きながら私をジロジロと値踏みをするように──いや、実際に値踏みをしているのでしょう。──こちらを上から下まで舐め上げるように見てくる。
「美しいな。まるで銀細工のようではないか」
「お褒めいただき、光栄にございます」
光栄なわけはありません。
私の容姿を褒めていいのは、マーニ様だけです。
少なくとも、下卑た視線を不躾にぶつけておいて悪びれもしないこの男に褒められても嬉しくもなんともありません。
マーニ様ならば慌てて謝ってくださる。
だから、マーニ様ならば許せるし愛らしいなと思うのです。
「これまでの刺客どもは貴殿一人に駆逐されたのだな。なるほど、欲しい。貴殿、我が配下に加わる気はないか?」
こいつは何を言っているのでしょう。
「慎んで、お断りいたします。私の主人は生涯マーニ様以外おりません」
「そうか、では。マーニ様にはこの国を導いていただかなければならん。貴殿からもマーニ様を説得してはくれまいか」
「説得と申されましても……、その話にマーニ様に何のメリットがありますか?」
一応は、話を聞いてやります。本当にメリットを提示できるのであれば伝えてやってもいいですが、そんなことはおそらくないのでしょうね。
「マーニ様は公爵の爵位を捨てたと聞く。しかし、マーニ様は平民などに身を窶していい存在では決してないのだ。我々ならばマーニ様を本来の地位に戻すことができる」
「……マーニ様は望んで、爵位を捨て去ったのです」
「それは貴殿しか味方がいないからであろう? 我々はマーニ様を迎え入れる準備がある。故に、護衛騎士、言伝を頼みたい。そのために此度はわざわざこのピエール・フォン・ゼッケンシュタインが馳せ参じたというわけだ。分かるな?」
分からない。それならば丁重に使者なり送ればいいのであって、わざわざこの場にノコノコやってくる意味はありません。
真摯さのアピールか。ならば、手法を間違えています。
わざわざこの大人数で私を取り囲んで、脅しもいいとこでしょう。
それにやはり、こいつはマーニ様のことなどこれっぽっちも分かっていません。
マーニ様は地位など気にしていないし、貴族同士の諍いに心を痛めて爵位を放棄なさったのだ。それをよりにもよって争いの渦中、その中心にすげおこうなどとと言っている。
そんな輩の意図にわざわざ乗ってやる必要はありません。
「お断りします。と、言ったら?」
「では、貴殿には死んでもらい、その護衛騎士の座を私の騎士団が引き継ぐとしよう」
子爵の側に控えていた騎士たちが一斉に剣を抜き、私へと向ける。
交渉決裂と同時に脅しか。ろくな奴じゃないことはこれでハッキリしました。
「貴方たちならば、マーニ様を守れると?」
お前たちに守れるわけがないでしょう、という意図の発言でした。
戦う前に言いたいことは言っておきたかったのです。
少なくとも、マーニ様の心をお前たちは守らない。
けれども、私の問いに帰ってきた返答は私の想定を越えてきました。
「貴殿一人では、この国の貴族たちからマーニ様を守れるわけもない。マーニ様も私の騎士団に守られた方が安心だろうよ。それが一番マーニ様のためなのだ」
マーニ様のため?
その言葉は、私の逆鱗でした。
抜かせ! マーニ様のことなど、お前たちは何も思っていないだろうに!
お前たちはただマーニ様を砲弾に現体制に風穴を開けたいだけ。その末にマーニ様が不幸になっても知らぬ存ぜぬを通すのだろう!
今宵は盛大にお花摘みをしてやらねばならないようでした。
激情が笑い声となって腹から溢れ出してくる。
そもそもマーニ様の為を真に想うのであれば、この私に向かって刃を向けるなどするわけがない。
私の思い上がりでなければ、マーニ様は私を失えば傷ついてくださる。
マーニ様を真に思うのならば、まず私を説得することに尽力するだろう。
たった一人残った庇護者を屠り、マーニ様を傀儡にしたいだけなどということは見え透いている。
そのような邪な者たちにマーニ様は絶対に渡さない。
私は激情に身を任せて駆け出した。駆けながら剣を抜く。
私の行手を遮るように騎士二人がすかさず前に出て道を阻むが、先ず殺すのはお前たちじゃない。
その二人の片方に飛び掛かり、胸を踏みつけそのまま踏み台にする。
体勢を崩した騎士が倒れ鎧がけたたましい音を立てるが、そんなことはどうでもいい。
真っ先に狙うは、ただ一人。
先ほどのくだらない御託を述べ、私の前にノコノコと姿を晒した愚かな子爵だ。
踏み台によって高く飛んだ私は護衛の壁を越え、そして、愚か者の頭上へ。
私からはよく見える。
私を見上げるその顔は恐怖に歪んでいた。
「ひっ──」
引きついた悲鳴が上がる前に、落下に任せその喉笛に剣を突き立てる。
そして、着地と同時に勢いよく引き抜けば赤い花が咲き誇った。
私は赤い花が好きですが、この花は好きじゃない。
愚か者は喉を掻きむしり、血があぶくとなって口から漏れ出してもがいている。
トドメは刺してやらない。
この者にそれだけの慈悲をくれてやる価値はない。
そして、私は主君を無くし動揺する騎士たちへと、主君の血に塗れた剣の切先を向ける。
多勢に構えられている時は、真っ先に大将を打ち取り動揺を誘うのは鉄則です。
これでもう統率など取れるわけがありません。
私は微笑みを顔に張り付けながらも、主君を守れなかった不甲斐ない騎士達を睨め上げる。
主君を諌めもせず不義を野放しにし、戦場にノコノコと顔を出させあまつさえ守るために戦うことすらもできなかったお前たちなぞ騎士の名折れ。
──次は、お前たちの番だ。地獄で忠義を尽くすといい。
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今宵のお花摘みを終え、痕跡を残さぬように迂回しながら首尾よく屋敷まで戻ると、屋敷に荒らされた様子はなく私はホッと胸を撫で下ろす。
たとえそれが公爵家のやり口だということは貴族の皆が分かっていても、事故を装い直接の疑惑が立つことを嫌う公爵共のことだ。
屋敷に押し入ってまで元公爵だったマーニ様を殺すなどという派手な真似はしないということは、分かってはいる。
それでも万が一がないとも言い切れないのだから。
そっと音を立てぬよう門扉を開け、身を滑り込ませ、しっかりと閉める。
マーニ様が起きる前に身なりを整えなければならない。
その為に、この屋敷に風呂を用意させたのだから。
急がねば、逸る気持ちで屋敷の裏口の扉を開けると、そこには──。
「あ……」
心細そうな表情を浮かべたマーニ様が、私を待ち受けていたのでした。
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ああ、ついにこの時が来てしまった。
いつかは、知られてしまうと思っていた。
私一人で全てを秘密裏に済ますのは、やはり無理があるのですから。
軽蔑されるでしょうか。
軽蔑されても、構わない。貴方様をお守りできるのであれば。
けれど……、いえ、見返りなど求めるべきではない。
そんなことは、分かっている。
たとえどんなに蔑まれ嫌われようとも、貴方様のことだけは守り抜くと心に誓ったのですから。




