表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
45/52

最終決戦④

 私の剣が狼のヘルムを切り上げる。

 大槍がその手から離れ宙を舞い地面に深々と突き刺さるのを横目で見届けた後、私は片膝を着くオーディールへと剣を突きつけました。


「これで王手です」


 私の勝ちでした。

 宣言しながら、頬を手で拭う。

 血がぬるりと滴って、いまになって痛みを遅れて知覚する。

 致命傷ではないだけ、御の字だった。

 戦闘の極度の緊張からは解放されながらも、剣を突きつけたまま肩で息をする。

 肺が爆発しそうで、頬が痛くて、でも生きている。

 マーニ様の一緒に生きようという言葉すら裏切って、勝つために死を覚悟したというのに。

 本来、私は死んでいたはずでした。


「最後、槍に迷いがありましたね。それがなければ私が負けていました」


 確かに、騎士団長はマーニ様の声に反応していた。

 その一瞬の体の強張りが、勝敗を分けた。


「…………わかるか」

「ええ、貴方と戦うの二回目ですから」

「……そうだな」


 オーディールは力無く頷いた。


「本当に殺す気だった。……だがまあ、そう、迷いはあったんだろうな」


 そして、オーディールは自らヘルムを外すと私たちに頭を下げる。

 突拍子もないその行動に、私は思わず目を大きくして驚いてしまいました。

 見れば、マーニ様も驚いている。

 この男が頭を下げること。

 その理由が私にもマーニ様にも思い当たりませんでした。


「……お前たちを守ってやれなくてすまなかった。お前たちもまた俺が守るべき市民だったのにな。俺がお前たちの手を汚させたようなものだ」


 続く言葉は自身を叱責するもので。

 けれど、そんなものは人の身に余ります。

 どんなに目の前のオーディールが職務に熱心であろうと、国のその全ての事象に手が届くわけもありません。


「貴方が悪いわけでは──」


 私が言おうとしたことを察したのか、オーディールは手で制して遮った。

 そして、首を横に振る。


「いや、いいんだ。俺もダメだな」


 そして、オーディールは立ち上がって地面に突いていた膝を払った。

 どうにももう戦う気はなさそうなので、私も剣を鞘にしまう。

 謝られた以上は、殺す気はもう起きなかったのです。


「俺はこの国で一番強い、はずの男だった。その男が敵わなかった。そんな相手にさすがの公爵共も国を出てまで暗殺者を差し向けることもないだろう。しかも、同性愛者宣言までして王になるつもりはないと宣言し、公然でキスまでかました馬鹿ども相手にな」


 一度、オーディールは肩をすくめてみせる。

 マーニ様がたじろぐ気配がして後ろを見ると、マーニ様が恥ずかしそうに俯いていた。気にしていらっしゃるのらしい。

 私はマーニ様は自分のものだと見せつけられて気分よかったのですけれどね。

 オーディールへと視線を戻すと、オーディールは続けた。


「それに見方を変えればお前たち革命を未然に防いだとも言える。多くの事件に関与していない無辜の民草が血を流さずに済んだ。それもまた確かにお前たちの功績だ」


 つまり、なにが言いたい?

 まるでオーディールは私たちを許すための言葉を並べているかのようでした。

 私とマーニ様をとっ捕まえに来たはずだったのでは?

 私とマーニ様が首を傾げていると、ようやくオーディールは結論を話した。

 

「そして、お前たちを止めに来た俺も迷いの前に敗れた。それが答えだろう。どこへでも行け、お前たちはもう自由だ」

「いいんですか……?」


 私の問いには答えずに、オーディールは私の横を通り過ぎる。

 立ち止まって、地面に手を伸ばすとなにかを拾い上げた。

 その手に握られていたのは、先ほどの戦闘で千切れ飛んだ私の三つ編みでした。


「ちょうどいい。公にはお前の髪の一房で犯人を処刑したことにしよう」


 そう言って、私の三つ編みを見せびらかす。


「髪は、命のようなものだろう?」


 そして、またも肩をすくめてみせた。

 どうやら私たちのしでかしたことの後始末を担ってくれるつもりのようでした。

 私とマーニ様がなんとお礼を言っていいものか、戸惑っていると──。


「おーいおーい」


 どこからか声がした。

 声の方へ目を向けると、馬車がこちらに向けてやって来ていました。

 馬車の窓からこちらに手を振ってるのは、薄紫と白の鱗のモノクルを掛けた陰険そうな顔つきの竜人──ロマ神父と、燃える太陽のような黄金の毛束の狼──スケラ大公でした。


「スケラ大公……、ロマ神父……」


 どうしてここに……、と、おそらくこの場の全員が思っていたことでしょう。

 あっけに取られる私たち三人の前で馬車は止まり、スケラ大公がよっと馬車から飛び降りた。老齢のはずですが、スケラ大公もおそらく狼血の遠縁に当たるもの。

 身軽なのでしょう。

 スケラ大公はニッコリと微笑んだ。


「間におうたな」

「全然、間に合ってないでしょ! 明らかに一戦やりあった後でしょうに!」


 馬車から降りたロマ神父は、すかさずツッコミを入れる。が、スケラ大公はコホンと咳払いをして流した。

 そして、スケラ大公は凛と声を張り上げた。


「スケラ・ヴェローナの名において審判を下そう。マーニ・コルネリウス、その護衛騎士ハティ・フルール両者二名を追放の刑と処す!」


 追放刑。

 もとより私とマーニ様はコルネリウスの宿痾を終わらせるために国を出るつもりでしたから、なんら罰にもなっておりませんでした。

 ですが、そう宣言すること自体に意味があるのでしょう。


「……オーディールよ、これでお主も構わんな」

「ええ」


 オーディールは納得したように頷いた。

 そう、罰されてしまえばこれ以上この騎士は手出しができないのです。

 もうする気もないのでしょうが。

 本来、私に下されるべき罪刑は追放なんてもので済むものではなく、いろんな事情を鑑みた上でも死罪が相当のものであるべきで。

 私とマーニ様は、二人して頭を下げた。


「スケラ大公、慈悲深い判決に感謝致します」

「私には、このくらいしかしてやれぬ」


 スケラ大公は静かに首を振って、顔を伏せる。

 オーディールはそっぽを向いて「気にするな」と、手をひらひらとさせていた。

 それでも、やはりこれだけの恩情。感謝しないわけにはいかない。

 スケラ大公とのやり取りを終えると、ロマ神父は今度は自分の番と身を乗り出した。

 ロマ神父は何やら大荷物で、大きな鞄を両手に抱えている。

 そして、マーニ様に大きな鞄からあるものを取り出して差し出した。


「スケラ大公の馬車の通りがかりに乗せてもらったんですけど、会えてよかった。はい、国を出ると聞きましてね」


 それは、マーニ様がコルネリウスの領地を捨ててからも屋敷で読んでいた御本でした。そして、それはソール様からいただいた大切な戯曲集で。


「あ、兄様の……」


 そう言って、マーニ様は胸にその本たちをギュウッと抱きしめました。


「大事な御本でしょう? 王国騎士が警備する中、屋敷に忍び込んで取ってきたんです。感謝してくださいよね?」

「ありがとうございます……。本当に、助かります」


 どうやらマーニ様の思い出の代物を屋敷に取りに行ってくださっていたようで。ロマ神父はお節介が過ぎるところがありますが、この場においては流石によくやったと言わざるを得ませんでした。口には出しませんけども。


「貴方はハティと違って素直に感謝するところがいいですね」


 ロマ神父は、マーニ様に感謝されて上機嫌でした。

 私は絶対にロマ神父には感謝の言葉は口にしません。

 口にしたら最後、つけ上がって更に世話を焼こうとするので。

 いまもマーニ様に餞別を渡そうとしています。


「そうそう、これも持ってきなさい。いろいろ必要なもの全部詰め込みましたから。ほら、その御本もカバンにしまってしまいなさい」

「わぁ、すごい。ありがとうございます──って重い!!」


 マーニ様が予想以上のカバンの重さにびっくりして取り落としそうになりながらも慌てて太ももの上に乗っけながら抱え直すと、ロマ神父は満足そうに頷きました。


「さて」


 グリンと神父が私に顔を向けたので、私は「うわ」と声が出てしまいました。

 次の世話焼きのターゲットは明らかに私でした。

 ロマ神父、苦手なんですよね……。いや、悪い人じゃないんですよ?

 ただ、その、善意を全力で押し付けてくるので……。

 ロマ神父は手をワキワキとさせながら私の怪我の具合を見て回る。

 見て回りながら、口うるさく小言を言うのでした。


「ああもう、せっかく綺麗な顔怪我して!! 傷残ったらどうするんです!! こういうこともあろうかと、よく効く軟膏や包帯持ってきてよかった……って、髪まで切れちゃって!! もう!! 座りなさい!! 整えてあげますから!!」


 ほら!

 どうやら私はこの場でロマ神父の気が済むまで世話される羽目になりそうでした。

 色々と世話焼き道具セットを用意して来たようです。

 包帯やら軟膏やら、挙げ句の果てに梳き鋏まで出てくる始末。

 用意よすぎでしょうに……。

 ところで。

 私はこれから流刑の身に落ちるわけなのですが……。

 一応、口にしてみる。


「神父、私、これから追放されるのですが……」

「だまらっしゃい!! それぐらいの猶予はあるでしょうが!! ですよね!? 大公閣下!!」

「う、うむ……」


 ロマ神父の有無を言わさぬ剣幕に、急に矛先を向けられたスケラ大公も気圧されてしまう。

 あ、国の君主にも通用するんですね。この人……。

 この時点で逃げ道はないことを私は悟りました。

 ロマ神父は軟膏と梳き鋏を手に持って、私にグイグイ詰め寄ってくる。


「そういうわけなので!! 黙って世話されなさい!!」

「あ、はい……」


 どうにも選択肢はないようなので、神父のご厚意に甘えることにしたのでした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ