最終決戦①
私は最初、誰かを命を賭してでも守るということが嫌でなりませんでした。
父にずっと厳しく「お前が主人を命を賭してでも守るのだ」と言い聞かされていたものですから。
そして、ついに現れた私の主人というのが、マーニ様で。
か弱くて誰かが傷つくことを本気で悲しむことができるマーニ様だから、いつの間にかその感情は消えていた。
けれど、これまで私は命を賭すような場面など、本当の意味で出会したことなどなかったのです。
罪と罰を被って消えようとしていた私をマーニ様が引き留めてくださって以来、私は【アマビリスの狼血】として戦神のように戦えたのですから。
ですから、父のその言葉の意味を本当の意味では分かっていなかったのかもしれません。
今、この時までは。
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「こんな夜遅くこんなところまで送っていただき、本当に感謝します」
「あいよー、よい旅を!」
ロマ神父に用意していただいた送迎の馬車の御者に礼を行って馬車から降りる。
本当に助かりました。おかげさまで馬車の中で普段の姿に着替えることもできましたからね。
さて。
国境線の近くに私ことハティとマーニ様はやって来ていた。
国境線近くは、国から最端ということもあり道はもう途中で途切れている。ここからは徒歩です。
青々とした背の低い草が生い茂る原っぱが広がる平野でした。
そこに平野を区切るように川が一筋流れている。
この時代、国境線というのはとても流動的で。警備もいなければしっかりと決められていることも少ない。
今回で言えば暫定的に川を国境線代わりにしているもので。
地位や経済力(そこまでいく馬車を雇ったりなど)さえあれば、個人で往来することは自由でした。
ですから、このまま川をわたってしまえばコーレリアを出ることができるのです。
そして、川まであともう少し。あと少しというところで。
横からものすごい勢いで何かが迫ってくる音がして、すかさずマーニ様を後ろに庇う。
そして、それは大地を大きく穿った。
私たちの行手を遮るようにして、わざと外されたそれは大きな槍でした。
そして、槍が飛んできた方を見れば、そこにいたのは──。
狼の意匠のヘルムを被った騎士。
忘れるわけもない。
【王国騎士団】、団長──オーディールでした。
向こうも仮面舞踏会の会場から着替えてやってきたのでしょう。
タキシードとは打って変わって、軽装の鎧に肩当てやガントレットを装着した実用的な装備でした。
私がマーニ様を庇って警戒する中、オーディールは投げた槍の元までツカツカと歩いていく。
そして、ボゴッと音を立てて大地から大槍を引き抜きました。
螺旋を束ねたかのような装飾を施されたその大槍は、一眼見て業物なことが伺える。
「槍……」
「狼血と相対するのであれば、本来の得物でなければ不足だろうと思ってな」
どうやら剣は本来の得物ではなかったことを知り、私は歯噛みをする。
剣の時点で互角でした。ならば、槍では……、勝てるか分からない。
「マーニ様だけでも、行かせてはもらえませんか」
一か八か、頼み込む。
武人であるならば、戦えないマーニ様にはきっと手を出さないはず。
「別に俺はそれでも構わんが……、それはそいつの方がヨシとしないだろうさ」
オーディールは『そうだろう?』とでも尋ねるように、地面から抜いた槍の穂先をマーニ様に向けた。
マーニ様が静かに頷くと、オーディールも神妙に頷きました。
「案ずるな。共に地獄に送ってやる。地獄の底で添い遂げるといい」
それは、私が赤い花を咲かす前に言ってきた手向けの言葉によく似ていました。
次はお前の番だとでも言われているかのようで。
私がしてきたことがこの場面で返って来てしまったのだなと、私は悟りました。
後、もうすこしでマーニ様と新しい人生を送れるというのに……!
罪の重圧に押しつぶされそうになる中、そんな時でした。
「ハティ。一緒に生きよう」
マーニ様が、手を繋いでくださって。
手を伝って温かなものが胸にジワリと染み出していく。
私を押し込めようとした重圧を内側からパリパリと引き剥がしていく。
そうだ。こんな宝物のような人を守るためならば、私はどれだけ罪に塗れたって構わない。そう覚悟して私はこの手を血で汚してきたのだ。
なら。
こんなところで諦めるわけにはいかない。
私は、オーディールへと向き直る。
どんな相手でも打ち勝ってみせる。
潰えようとしていた意思を奮い立たせ私が持ち直すのを見て、オーディールは不愉快そうに言い捨てました。
「愛がそんなに大事か」
「なにが言いたいのです」
その抽象的な物言いに眉を顰めると、オーディールは発言のディティールを上げた。
「愛しているのなら世界の全てを敵に回したって構わないのか? 人を大量に殺しても構わないのか?」
オーディールは槍を私たちに向けながら、静かに、けれども滲むような怒りを込めて言葉を重ねていく。
「確かにお前たちにも道理があるだろう! お前たちは自らに降りかかる火の粉を振り払ってきただけだ! お前たちを取り囲む世界は清いものではなかったのは確かだろう!
──だが、お前たちは人を殺した! 自分たちのために何人も何十人も。お前たちが殺したのは貴族だけじゃないだろう! 貴族に仕える者は兵であろうと普通の市民と変わらない、なんら罪のない無辜の民草だ! そんな人間が幸福なハッピーエンドを迎えていい道理があるというのか? 俺はそんなもの認めない!」
オーディールはそこで槍で空を切り払った。迸る怒りが腕を振らせたのだろうか。
オーディールは私たちの事情を鑑みた上で、私に手に掛けられた者たちのために怒りを迸らせているようでした。
それは確かに私たちの犯した罪でした。
「お前たちが殺してきた人間にも人生があったんだ。彼らはお前たちの幸福の糧となるために生まれてきたわけではない! 悲劇をいいことのように脚色するな。誰か一人でも不幸なものがいたのなら、そんなものはハッピーエンドではないんだ!!」
そして、槍の柄を大地に突き立てる。
そこには誇りと責任がありました。
国を守る王国騎士としての矜持が、ここにこの男を向かわせたのだと。
「それでも自分たちの幸福へ手を伸ばすというのなら俺を越えてみせろ!」
そして、オーディールは槍を構えました。
その構えに一寸の隙はなく。
私たちに最後に立ち塞がる相手として、きっとこの男の他に相応しい者はいない。
この男を通して、私はこれまでの自分の罪と向き合わなければならないのでした。
「最終決戦って感じですね」
私はいつになく冷や汗を掻きながらゴクリと息を呑んだ。
息を呑みながらも、いつもお花摘みに出る前にするようにマーニ様に微笑みかける。
私の戦う姿を見守ってくださるマーニ様を安心させるためのルーティーン。
「大丈夫、勝ちますよ」
そして、付け加える。
「それに、私も私の罪に向き合わないといけませんから」
言うべきことは、これで全て口にできただろうか。
最後の決戦に向かおうと手を放し前に出ようとする私の手を、マーニ様が再度ギュッと掴んだ。
「言ったはずだよ、君の罪は僕の罪だって」
そして、マーニ様の青く澄んだ目が私を真っ直ぐに見た。
マーニ様は、いつだって一緒に背負おうとしてくれる。
「二人で生きよう」
「ええ」
こんな状況だと言うのに、私は自然と微笑みながら頷くことができた。
マーニ様は私との未来を、大切に思い描いてくださっていて。
愛おしくてしょうがなかった。
この人が、私の主人でよかった。マーニ様だから同じ夢を見たくなる。
名残惜しいけれど、手を離して。
今度こそ、オーディールへと一歩前に出る。
最後の決戦の刻がやって来た。
「覚悟はできたか」
「ええ、時間をくださってありがとうございます」
お互いに構えを取る。
私とオーディールは、そのままじっと動かなかった。
お互いに隙を見せず、見逃さず。膠着状態が続いた。




