その男、王国騎士であるが故に。①
幼い頃の俺はアマビリスに憧れていた。
俺も神祖アマビリスのように国を一人で守り切れるような強い男になりたい。
そう願って、鍛錬に励んできた。
そして、いつしか俺は【アマビリス王国騎士団】、その団長にまで登り詰めて。
最強の男になった。
そうやって登り詰めてしまえば、目に入ってくるのはこの国の暗部で。
俺は、血みどろの政争をずっと見守ってきた。
平和なこの国では、滅すべき悪は外ではなく、内にしかいなくて。
なぜ俺が守るこの国の貴族連中は誰かを傷つけようとしている?
俺がなりたかった英雄は、現実は、こんなものなのか?
疑問はいつだってついて回った。疑問はいつしか失望に変わった。
そして、俺は憧れに出会ってしまった。
アマビリスの子孫であるその銀狼は主君を必死になりふり構わずに懸命に守ろうとしていて。
俺にはもう本気で守りたいものなんて、この国に何も残っちゃいなかったのに。
きっとアイツらが正しくて、俺が間違ってる。
……だけど、俺は憧れたんだ。
アマビリスに。
そして、王国騎士となったからには守らねばならない。
たとえ、俺の守るものがどんなにどす黒くとも。
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仮面舞踏会の会場をハティとマーニは悠然と手を繋いで歩きながら去っていく。
会場客の公爵たちは、二人を避けるように道を譲った。
その様は、まるである預言者が海を割って歩いたという伝承の様だ。
けれど、それに待ったをかけるものが一人。
アッシュグレイの髪の顎に傷を持つ目つきの鋭い男──オーディールだ。
「待て!」
静止の声を張り上げ、果敢に飛び出して行こうとするオーディールだったが、その前を黄金の太陽──スケラ大公が遮った。
「よい! オーディール。行かせてやりなさい」
「ですが!」
なおも食い下がるオーディールに、スケラ大公は再度言い聞かせる。
「先ほども言ったはずだ。これだけの客人を一人も死なせずに狼血から守り切れるというのか」
「……くっ」
そう言われてしまえば、オーディールは歯噛みして去っていく二人の後ろ姿を目で追うことしかできない。
この場において周りの人間をあの銀狼から守り切るなど不可能どころか、おそらく自分もあっという間に返り討ちにされるだろう。
仮面舞踏会の警備のせいで、きちんとした装備を身につけてもいない。
……その為の仮面舞踏会か。
オーディールは悟った。
この爺様は全て計算づくだ。
きっとあの二人にとって最大の障害になりうる自分を弱体化しこの場に留め、二人が出ていくまでの隙を作ったのだ。
オーディールの視線の先で、二人の後ろ姿が小さくなってゆく。
去っていくハティとマーニを視線で射殺す勢いで睨みつけながらも、オーディールはいまこの瞬間は二人を追うことを諦めた。
オーディールが諦めたことを確認できると、スケラ大公は会場の公爵たちに向かって声を張り上げた。
老齢なその体にそぐわぬ凛と威厳のある大きな声が会場に轟く。
「公爵の者も、此れより彼らに手出しは無用だ。よいな!」
腕を振って、命を下す。
スケラ大公は異論がないことを確認し、続けた。
「此度のことは我らにも責があろう! 我らが、彼らを追い詰めてしもうた。必要のない諍いを繰り返し、我らが最初の王が遺してくださった平穏から彼らを追い出してしもうた。彼らが罪人だというのなら、我らはなんだというのだ!」
その声は、怒りとも悲しみともつかぬ感情で震えていた。
それはソール・コルネリウスを守れなかった悲哀か自己嫌悪か。
政争を止められなかった自身も含め、政争に明け暮れる公爵たちへスケラ大公は感情を抑えながらも露わにし懸命に訴えかけていた。
この会場には、ミミングウェイ公爵家、そのご令嬢も未だ会場にいた。
スケラ大公の言葉に心当たりのある幾人かが顔をそっと伏せているのを、会場にいるミミングウェイは気づいていた。
その中には、実の父であろう姿も含まれていた。
スケラ大公の訴えは続く。
「もはやこの国は彼の王の遺した楽園などではない!」
平和だからと、欲を掻いて他者を貶める謀略が行き交うこの国は、楽園であるはずもない。
自身の手でそれを壊してしまったのだ。
「ゆめゆめ今日という日を忘れるな! 我らこそが罪人であり、我らは王の子に見放されたのだ!」
そして、スケラ大公の言葉は終わった。
スケラ大公の一喝が終わってしまえば、会場はしんと静まりかえる。
誰も言葉を発しようとする者はいなかった。
ハティとマーニの二人の姿も、とっくに見えなくなっていた。
ならば、この場にオーディールがこれ以上とどまる必要もない。
平和を持て余した貴族による仮面舞踏会は、これでお開きなのだから。
オーディールは、会場を飛び出した。
会場を出て、元王城の長い廊下を左右に見渡しても二人の姿はもう見当たらない。
オーディールは、廊下を駆け出す。
目指すは、兵舎の自室。
先ずは、装備を取り替えなければならなかった。
そんな男を追いすがる者が一人。
ミミングウェイ公爵家、そのご令嬢。
仮面を外し、ドレスの裾を持ち上げ小走りでオーディールを追いかける。
オーディールは気づいていたが、何も言わなかった。
元王城の廊下を、階段を、その敷地を、二人は走る。
兵舎のオーディールの自室まで、ついぞ二人は言葉を交わすことはなかった。




