月王子の誓い②
「私──マーニ・コルネリウスはコルネリウスの血においてここに誓おう! 私は全てを捨てよう! 王位も富も名誉も、私は要らない!」
会場は、私が黙ると沈黙を保っていた。
黙っているなら都合がいい。そのままおとなしく話を聞いていてもらおう。
「生涯、私は私の騎士と添い遂げることをここに誓おう! コルネリウスの血も【アマビリスの狼血】も私たちが全てを終わらせる!」
後ろに控えてくれているハティの肩を抱き寄せる。
一瞬驚いた顔をしたけれど、ハティはすぐに頷いて受け入れてくれた。
「これは、彼のボゴテンシス王と同じ……」
「愛のために全てを捨てた最初にして最後の王……」
仮面舞踏会が今度は少しざわついていた。
どうやら集められているのが公爵なだけあって、みんな歴史の真実を知っているのらしい。
今日、私はそれを清算しに来たのだ。
「──私の、コルネリウスの血が戦の火種となるのならば、私は愛する者と共にこの国を去る」
簡単な話。
伯爵が言っていたように、この国がコーレリアである限り分断と憎しみが生まれ、分断と憎しみによってコルネリウスの血をを巡り血が流れてゆくというのであれば。
コルネリウスの血などなくせばよいのだ。
「この国の恒久の平穏を望む、これが我が一族の総意であることをここに示す!」
私は腕を振り下ろして、確かにここに宣言する。
そう、これが私がコルネリウスとして果たすべき宣言だった。
そして、きっと父様も兄様も、そして他の一族みなもそう思ってくれる。
そう信じている。
こうして。
私は一族の誇りを賭けた、一世一代の大勝負を終えた。
会場はしんと静まり返っていた。
上手くやれたかどうか分からず不安になる中、誰かがそっと私の肩を支えてくれた。
ハティだった。
ハティが私の肩を抱いて微笑みかけてくれる。
「この場で公開プロポーズされるとは思いませんでした」
「ハティ……」
いつもの調子で、ハティはニコニコとしている。
本当にこの銀狼の騎士は頼もしいし、肝が据わっている。
なんて思っていると、ハティは私の顔の前に一本人差し指を立てた。
「貴方はコルネリウスの者として立派に誓いを立てました。ですが、一つだけ足りないですよ」
「え、なにか言い忘れてたかな」
なにを言い忘れたか、必死で考えを巡らせる。
ダメだ。どうしても思いつかない。
けれど、焦る私とは裏腹にハティは怪しくニヤリと笑う。
それは私を揶揄ってベッドに押し倒した時と同じ悪戯っ子な顔で──。
「いえ、言葉は足りてます。ですが──ふふっ、じゃあ見せつけてやりましょうか」
「え?」
ハティの手が私の顎をクイッと持ち上げると、唇に柔らかい感触。
そして、啄むようにハティが僕の上唇を食んだ。
ハティの長い舌が僕の唇を割り開いて押し入ってくる。
キス、されていた。
それも子供がするような触れるだけのキスじゃない。
大人のキス、だ。
「んっ、……んんんっ」
時間にして数十秒だろうか。
さんざんに蹂躙されてから、僕はようやく解放された。
その頃には、僕はすっかり骨抜きにされていた。
僕が危うくその場にへたり込んでしまいそうになるのを「おっとと……」と、ハティが咄嗟に支える。
「愛を誓うのなら、これぐらいはしてみせませんとね」
ハティは悪戯っ子の眼差しのままクスリと笑ってみせる。
僕はキスされた驚愕で口を抑えて固まってしまっていた。
徐々に状況に脳が追いついてくる。
キス、された。
しかも、国の公爵が集まってる前で!!
国で一番、偉いスケラ大公の前で!! おやおやって顔していらっしゃる!!
オーディールなんて、ポカンとした顔でこちらを見てる!!
「ハティ!」
僕は堪らず怒りをぶつけた。
顔から火が吹きそうなほど熱を持ってしまっている。
きっと耳の先まで真っ赤っかだ。
「ふふっ、恥ずかしがらないでくださいよー。私とずっとこういうことしたかったんでしょう?」
ハティは間延びした口調で僕を揶揄った。
「もう!」
したかったけども!
なにもこんな時にしなくても!
衝撃的すぎて、素の僕に戻ってしまった。
ふやけてしまった僕の代わりに、今度は自分の番とハティが前に出た。
「ここにいる者たち、誓いを見たな!」
ハティが声を張り上げる。
いつも静かな声音で凛と喋るハティと打って変わって、勇ましい轟くような声だ。
いや、切り替えが早すぎる。
僕は展開の速さに追いつけないでいた。
ハティは腕を広げ、聴衆の視線を集めながら啖呵を切る。
「これ以上、我が伴侶マーニ・コルネリウスに手を出そうと言うのならば、【アマビリスの狼血】にして騎士たるこの私がお相手してしんぜよう!」
ハティは剣を抜き、天に掲げ、顔の前で縦に構える。
騎士の決闘の前の剣礼だ。
「我らの行手を遮ってくれるな!」
その言葉と共に空を切り払い、ハティは優雅に剣を鞘に収めてみせた。
本当に、ハティはどこまでもカッコいい最高の騎士だった。
そして、ハティは振り返って僕に手を差し出してくれる。
さっきの勇ましい姿から一転、ハティ優しげにニコリと笑う。
「さ、マーニ様行きましょう」
「うん……」
僕は気恥ずかしがりながらも、ハティの手を取った。
言うべきことは言ったのだし、この場にこれ以上の用はない。
ハティの白い手袋に包まれた手が僕の手をしっかりと握ってくれる。
誰よりも何よりも頼もしい手だった。
最後にスケラ大公の方へ顔を向けると、スケラ大公は静かに目を瞑って頷いてくれる。
僕とハティは礼を返してから、歩き出した。
ハティはズンズンと僕を先導して前に進んでいく。
誰も邪魔するものはいなかった。
僕とハティが前に進めば、自然と会場の誰もが道を開けてくれる。
なにやら後ろで怒号が飛び交っていたけれど、この国を去る僕たちにはもう関係のないことだ。
そのまま僕たちは仮面舞踏会を後にした。
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──
僕たちはこの仮面舞踏会でなにかを終わらせた。
もっといいやり方とかきっとたくさんある。
それでも僕たちはその中で精一杯の答えを出せた、と思う。
晴れてようやく。
僕たちは、ただのハティとマーニになれたのだった。
けれど、この時の僕たちは知らなかった。
最後の試練が、まだ一つ残っていることを。




