月王子の誓い①
今朝、僕は夢を見た。
父や、母、兄達、姉、妹、ハティのお父様。
亡くなっていった僕の大切な人たち。
みんなが頷いて、肩を抱いて背を押してくれた。
僕の頭が見たい光景を見せているだけなのかもしれない。
それでもいい。
今日という日に、この夢を見たことはきっと運命だった。
コルネリウスの現当主マーニ・コルネリウスとして。
一族の誇りに懸けて。
僕──私はいま秘密のヴェールを脱ぎ捨て歴史の表舞台に立つのだ。
──
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いまにも切りかかってきそうなアッシュグレイの髪の騎士は、僕ことマーニとハティへと剣の切先を向けた。
視線だけでどうにかしてしまえそうなほどの目力で、その男は僕たちをジッと睨みつけている。
ハティが僕を手で制して後ろに下げて、その背で庇ってくれる。
けど、どうにもその必要はないみたいだった。
「下がりなさい。オーディール」
後ろから威厳ある鋭い声が飛んで。
声の主へと視線を向ければ、立派な椅子に座ったゆらめく炎のような黄金の毛束を持った獣人。仮面をつけているけれど、この国で燃え盛る太陽のような毛皮を持つ方なんて僕は一人しか知り得ない。
スケラ・ヴェローナ。この国の現君主だ。
スケラ大公が口にしたオーディールという名前、忘れるはずもない。前はヘルムを被ってたからわからなかったけれど、僕たちの屋敷を襲撃した騎士団長だ。
オーディールは納得がいかないのか、こちらから視線は外さないまま声高に食い下がる。
「ですが、スケラ大公!」
「オーディール、さしものお主でもこの舞踏会の客人みなを守り切ることはできなかろうて。アレは戦神、狼血に連なる者ぞ」
「──くっ」
オーディールは悔しそうに顔を歪めながらも剣を納めて後ろに下がった。
スケラ大公はゆっくりと玉座から立ち上がり、仮面を取り払って僕とハティに優しげな眼差しを向けた。
「マーニ殿下。ずっとお会いしとうございました」
そして、僕に向かって跪いて礼をする。
この大公国の君主であるはずのスケラ大公が、まるで真の君主に向かって礼をするように。
なら、ここからは私はコルネリウスの者として受け答えをしよう。
「顔を上げてください。スケラ大公。私は公爵の位を捨てました。そして、私の父祖ボゴテンシスもまたとっくの昔に王権を捨てています。そのような呼び方は相応しくないかと」
けれど、スケラ大公は静かに首を振って顔を上げてはくださらない。
「いいえ、殿下。本来、私なぞは代役にすぎません。真に国を治めるべきはコルネリウスの血族の者であったはずです」
スケラ大公がコルネリウスのことを尊重してくださってるのは嬉しいのだけれど。
でも、私はそうは思わない。
「国を治めるということならば、貴方はよくやっている。この国に飢えはない。この国に生きる民草は平和を享受し、演劇を楽しむ余暇さえもある。であるならば、真に国を治めるべきは血によって立つ者ではなく、治世によって立つべきでしょう」
「殿下。ありがたきお言葉感謝いたします。ですが、頂戴するわけにはいきませぬ」
スケラ大公はまた静かに横に首を振った。
頂戴するわけにはいかない?
「一体なぜでしょうか?」
スケラ大公は私の問いに頷いて、胸に手を当てながらずっと抱えていたものを吐き出すように口にした。
「私は、私がお呼び立てしたソール殿下をお守りすることができませんでした。そんな者が何故、マーニ殿下のお優しい言葉を頂戴することができましょうか」
スケラ大公の威厳があるはずの声は震えていた。
そして、スケラ大公は地面に頭を擦りつけるほど更に頭をお下げになる。
それも公爵の皆の前で。
いま公爵たちの視線は私たちにではなく、詫びるスケラ大公へと向いていた。
なら、少なくとも僕はそれだけでよかった。
私は頭を下げたままのスケラ大公の元に膝を突いて座り、その地面に突いた手を取った。細い金色の毛むくじゃらの手を包み込む。
すると、やっとスケラ大公がお顔を上げてくださった。
「私、マーニ・コルネリウスがコルネリウスの名に置いて許します。貴方の謝罪を受け入れます。ですからどうか、その尊い頭を無碍に下げないでください。私も、きっと兄も、望むところではありません」
スケラ大公の肩を支え、跪いた姿から立ち上がってもらう。
スケラ大公は私などに傅いていい方ではない。
この国で間違いなく一番立派な方なのだから。
「ああ……、ああ……、殿下、ありがとうございます……、ありがとうございます……」
スケラ大公はおでこを私の手に押しつけて感謝の言葉を繰り返し口にする。
スケラ大公はずっと気に病んでくれていたのだ。
手を通して伝う震えから痛いほど伝わってくる。
スケラ大公がこの場を設けてくれたのは、兄のことがあったからなのだろう。
ロマ神父を通して父を見たように、スケラ大公を通して兄の姿が垣間見えた。
父と兄が、私の運命を繋いでくれていた。
「……こちらこそ此度は仮面舞踏会を催し、このような機会をいただいて感謝します。スケラ大公」
私はスケラ大公に礼をする。
「ええ、このような場でしたら来てくださるのではないかと期待しておりました」
スケラ大公は頷き返してくれて。
そう、スケラ大公は私のために仮面舞踏会という場を設けて公爵を集めてくださったのだ。
「何? スケラ大公、それはどういうことです!」
何も知らなかったのだろう、オーディールは声を荒げた。
スケラ大公は、オーディールの疑問に頷く。
「全ては、この場を設けるためのものだったのだよ。オーディール。この場には公爵が皆集まっている」
「まさか、公爵を皆殺しに──」
オーディールが早合点しかけるも、ハティが前に出て言継いで訂正する。
「いいえ、マーニ様も私も。今宵はお花摘み──あ、失敬。襲撃しにやってきたわけではございません」
「何?」
つい普段の調子でお花摘みとハティが言いかけたけど、比喩がこの場では伝わらないと気づいて途中で言い換えた。
オーディールは結局どういう意図か分からないと訝しげな顔をしている。
「公爵の全ての者が生き証人となることが肝要なのだよ」
スケラ大公が僕の背を軽く押して促してくれる。
そう、私はこの国の血の呪いを解きにきたのだ。
私はスケラ大公と語らっていた体を翻し、公爵達に向けて一歩前に出た。
一度、息を大きく吸い込む。
大丈夫、何度も話すことは頭の中で整理をつけてきた。
ハティへと目をやると、ハティは頷いてくれる。
そうだ。僕にはずっとハティがいてくれた。
なら、それだけでよかった。
私は意を決して、顔を上げる。
────私が、この場でコルネリウスとして全てを終わらせる!
決意を胸に、私は意思を込めて声を張り上げた。




