手がかりを追って。③
ミミングウェイの長い話が終わった。
長い話を聞き終えて、オーディールが口を挟む。
「責任を感じているのは識る者の一族だから、か?」
もしかするとミミングウェイの知の一族としての矜持がそうさせるかもしれないなと思ったのだ。
仮にも知の一族の一員が、お前は何も知らなくていいなどと言われて黙っていられるものか。
自分なら耐えられない。
「それもあります。ですが、ミミングウェイ公爵家の策謀がこうした事態を引き起こしているのならば、私はその令嬢として始末をつけたいと思うんです」
だが、目の前のお嬢さんはその上を行くのらしい。
己が善性に賭けて不徳を正そうと言うのだ。
ミミングウェイは一度言葉を切って、身を正した。
「……ですから、どうかご協力をお願いできませんか。オーディールさん」
そして、静かに頭を下げるのだった。
協力自体は、オーディールとしては構わない。
構わないのだが……。
「実の血族とやり合うことになるとしても、か?」
つまり、目の前のお嬢さんは自らの血族が裏でやっていることを暴き立てようとしている。
オーディールよりよっぽど大変な立場だ。
ミミングウェイは何故か笑う。寂しそうに。
「私、結構臆病なんです。一族が悪事を為しているのに見て見ぬ振りをする勇気なんてありません」
だから、一族の者とも戦う。
それは、どれだけ勇気のいることだろうか。
勇気がないわけではないだろうに。むしろ、その逆だろう。
「それに、私はスケラ大公に協力を仰げていますから」
それは、正しい。
スケラ大公はこの国で一番味方にするべき人間だ。
けれどきっとスケラ大公に助けを求めるまでも、このお嬢さんにはいろんなことがあったに違いない。
それでも、このお嬢さんは真実に手を伸ばし続けている。
「……お前なりの覚悟は分かった」
十分な事情持ちだ。
話を聞いて、オーディールには一つ分かったことがある。
おそらくスケラ大公の言う捜査の手伝いというのは方便だ。
実際にはミミングウェイ一族から離反したこの公爵令嬢を守るのが主目的なのだろう。
【王国騎士団】がバックについている。
引いてはスケラ大公を味方につけている。手を出したら分かっているな? と、スケラ大公はミミングウェイ一族に無言の脅しをかけているのだ。
「私の事情に付き合わせてしまって、ごめんなさい。スケラ大公の紹介とは言え、ずっと貴方を巻き込んでしまっていいのか迷っていたんです。でも、このままじゃきっと何も進展しないのかなって」
そして、このお嬢さんもわかっているから頭を下げて謝るのだろう。面倒に巻き込んだ、と。
ヘルムの下で、オーディールは渋い顔をした。
事情が分かった上では、なにも問題ない。
だが、スケラ大公には文句がある。
誠実も行き過ぎれば、不徳となる。
確かに当人が事情を話すのが筋ではあるのかもしれないが、少しぐらい話してくれてもいいだろうに。
スケラ大公は、俺のことを信用しすぎだ。
何も言わなくとも上手くやってくれると思っているのだ。
実際、上手くやるのだが。
このままではスケラ大公への文句ばかりが頭を埋め尽くしてしまいそうなので、オーディールは話題を変えることにした。
「で、どう捜査するつもりなんだ? 他の【王国騎士団】の者に事件現場周辺を調査させてはいるが……、さっぱりだ。こんなことは騎士ではなく刑吏がやることだとは思うがな」
だが、刑吏は役に立っていない。
夜毎に街を巡回しているはずだが、なんの報告も上がっていない。この数日間、二人で訪ねても何も喋らない。
圧力がかかっている。おそらく、公爵の。
刑吏は当てにできない。
「ちょっと机をお借り致しますね」
そう言って、ミミングウェイは机に紙を広げた。
「地図か」
地図には、赤いインクで印がつけられている。
ここ最近の殺人現場に印がつけられているようだ。
「最近は殺人事件の範囲が広くなっていますね」
「ああ、コーンウォール卿やアルゴニー卿は全くの別の方角、正反対と言ってもいいな。つい先日、フォン・ゼッケンシュタイン伯の館でも事件があった」
だが、あまりそれは関係ない。
このコーレリア大公国は、都市国家であり、中央集権的だ。
つまり、領主は中央に集まりがちだ。
正反対と言ってもそう離れているわけではない。
「けれど、連日の殺人事件の場所ですが、最初の方はある一定の場所に固まっているんですよ」
そして、ミミングウェイ嬢は、指差した。
そこには赤点が密集していた。
「地図を見てください。ここが最初の殺人事件の被害者たちです。ここを円で囲みます」
「確か貴族ではない者たちだったな」
貴族ではなかったが、どいつもこいつも違法に武器を携帯していた者たちだ。現場に被害者のものと思われる凶器が散乱していた。
おそらく、取り囲んで暴行でもしようとして返り討ちにされた荒くれだろう──。
そこでオーディールは、ハッと気づく。
お嬢さんの話の中で、荒くれの雇われものの話がありはしなかったか?
顔を挙げると、オーディールはミミングウェイと目が合う。
おそらく、考えていることは同じ。
だが、それだけではまだだ。
事件の起点なのだ。そこが怪しいのは当然だ。
「まあそこが怪しいのは俺たちも分かってはいる。俺たちもこれから調査に行くんだが、……数日もすれば証言が入ってくるだろう」
刑吏が口を割れば。もしくは、公爵の息のかかっていない街の住民が協力してくれれば、だが。
「いえ、もっと決め打ちができるはずです」
「決め打ちだと?」
「殺人事件の範囲にですね、穴が空いてるんですよ」
「穴?」
よく分かっていないオーディールに向けて、ミミングウェイは地図を指差しながら説明する。
「殺人事件が起こった時その周辺が怪しいと思うじゃないですか。でも実際は、近くに痕跡を残したくないと思うのが犯人の自然な心理なんじゃないですかね。特に自分の普段住む場所なんかでは」
「ほう?」
オーディールは、腕組みしながら想像する。
自分が殺人を犯すのならば……。自分の家やその周辺ではごめん被るなと思う。真っ先に自分が疑われる。
オーディールは、妥当だなと頷いてみせる。
オーディールが自分の話を納得してくれていることを確認でき、ミミングウェイは続ける。
「だから、見るべきは殺人事件が起こっていない場所のはずなんです。【魔術師の手】と同じです」
「【魔術師の手】?」
「手品のタネを見破りたいのなら、魔術師が左手を挙げて見せたときは右手を見るべきなんですよ」
ふーん、そんなものなのか。
オーディールは流した。
そもそも手品を見たことがない。
この男、武術に関係すること以外は全くの門外漢である。
「同心円上に殺人事件の起こった範囲を絞り込んだように、その内側で殺人事件の起こっていない範囲を同心円状に絞り込むとですね。ここの範囲が空きます。だから、犯人の居城はこの範囲に限定できるかもしれません」
ミミングウェイは殺人事件の起こった箇所を中心に一定の面積で塗りつぶして行く。すると、あちこちで殺人事件が起こっているというのに、ある箇所だけがぽっかりと穴が空いたように浮かび上がった。
ミミングウェイはペンの先で、そこを指し示した。
「だが、そんなのは──」
たまたまじゃないか?
口を挟もうとするオーディールに、ミミングウェイ嬢は鞄から資料を机に出した。
オーディールがそれに目を走らせると、──戸籍の写し?
「ミミングウェイの職権を濫用して調べました。その範囲で、事件発生と同時期に越してきた人間がいないか確認を取ったところ、二人いました。マーニ・コルネリウスとその護衛騎士です」
弱気で遠慮がちなミミングウェイにしては強く言い切る。
驚いた。
芋っぽい品行方正な公爵令嬢様かと思えば、意外と大胆なことをやる。
それだけ必死ということか。オーディールは感心した。
「話が早いな。やるじゃないか」
そして、吟味する。
事件の前に越してきて、越してきてから事件が起こった。
それは、確かに怪しい。
それだけじゃない。
「元公爵のコルネリウスの人なら父が狙う相手としては十分なはずです。この人たちなら、きっと何かを知っているはずです」
「コルネリウス……」
オーディールもその名は知っている。
それも、ただの公爵の血筋じゃない。
【王国騎士団】の本来仕えていた王の、その直系だ。
歴史の闇に葬り去られた真実ではあるが、王直属の騎士たるオーディールも知り得ている。
「とはいえ、憶測です。今の世の中では、証言しか手掛かりなんて取れませんし。後の時代であれば、憶測ではなく、何かしらの道具で事件の痕跡を調べたりもできるのでしょうが……」
だが、証言を取れるはずの刑吏は当てにできない。
そんな夢のような道具もない。
だから、いまある情報を組み立てるしかない。
「とりあえず、確かめに行ってはみませんか?」
腕組みしたまま、オーディールは目を閉じ思案する。
このお嬢さんの言うことをどこまで間に受けていいのかは分からない。
分からない、が。
「いいだろう、俺たちは探偵じゃないしこれはミステリーの舞台でもない。推理なんてのは探偵にでもやらせとけばいい。憶測上等だ」
それに、他に当てもないのだから。




