城館攻略戦⑥
「リチャードがやられるとは……」
どうやら、あの鎧の男はリチャードというのらしい。
伯爵は手すりに手をついて項垂れている。
まったく。状況が分かっているのかいないのやら……。
呑気に項垂れたままの伯爵に告げてやる。
「次は貴方ですよ」
いましがた最後の護衛を屠った血の滴る刺し短剣を伯爵に向ける。
伯爵の顔色が露骨に青ざめた。
「ひっ」
恐怖で顔を歪めたその顔はどこかで見覚えがあると思ったら、確かピエールだとかいう息子が私を見上げながら最後に浮かべていた表情もそんな顔でした。
やはり親子なんですねと思っていると、伯爵は慌てふためきながらも踵を返して走り出す。
「逃すわけがないでしょうに、まさか逃げ切れるとお思いで?」
足が遅いものですから、一階から二階へと駆け上がってもなお追いつくのは容易でした。
逃げるその背中に向かって蹴りを叩き込む。
「ぎゃっ」
小さな悲鳴をあげたその体が、館の長い廊下の絨毯の上でつんのめって盛大に転んだ。
「ハティ!」
その時ちょうど、後ろから小走りでやってきたマーニ様が追いついてきてくださる。
伯爵は体を起こし振り返ると、尻餅をついたまま怯えた表情を浮かべていた。
死ぬのが、そうまでして怖いのか。
貴様の配下は、お前の命に殉じて死んでいったというのに。
「配下を失い、主君だけが生き延びてどうしようというのです?」
そして、私は一本のナイフの刀身を軽く握って柄の方を伯爵に差し出した。
「な、なんのつもりだ!」
伯爵は私の意図が分からず、狼狽した声を上げる。
つもりも何も、親切心からナイフを渡してあげようと思ったのですが、言葉が足りなかったのらしい。
「戦わないのですか? 私は仇ですよ? ほら、ナイフなら差し上げますよ。息子や配下たちの仇を取りたいというのなら、私も同じナイフで戦って差し上げてもよろしいですよ。死に物狂いであれば一矢報いることぐらいはできるかもしれません」
さすがに丸腰ではどうしようもないでしょうから。ナイフぐらい手渡してやってもいい。
仇が憎いという気持ちは、分からないでもないのだから。
「ハティ……」
マーニ様が心配して声をかけてくださるが「大丈夫です」と手で制す。先程もやりましたねコレ。
ですが、伯爵はナイフを受け取る様子はありません。
「銀狼を傷つけられるわけがないだろう!? だって、貴様は……! 貴様は……!」
わなわなと震えながら伯爵は喚き散らしました。
「【アマビリスの狼血】だろうが!!」
……確かに、私は【アマビリスの狼血】です。
初代国王ボゴテンシスと共に諸外国の脅威に立ち向かい、そのことごとくを打ちのめした伝説の戦神、アマビリス。
その血を私は引いている。
「それがなんだと言うのです」
だが、それはいまは関係のない話だ。
けれど、伯爵は喚くのをやめない。
「戦士でもなんでもない私如きが傷をつけられるわけがないだろう!? 武器を人に向けて振るったことなぞ一度もないのだぞ!?」
「そうですか。残念です」
私はナイフを差し出していた手を引っ込めた。
私が伯爵から息子を奪ったことも確かですし、手向けとして最後にあえて軽く一撃ぐらいわざと受けてやってもいいと思っていたのですが、これでは必要なさそうですね。
私が蔑んだ眼差しを向けていると、伯爵はそれに気づいたのかより一層逆上し始めた。
いわゆる、逆ギレというやつです。
「それの何が悪い……!!」
「いえ、ただ……マーニ様は戦える戦士でなくとも、配下である私のために武器を取ってくださりましたよ」
マーニ様は指示だけでなく、銃を持ち共に戦ってくださった。
もちろん、それはマーニ様がすごいのであって。
この男に同じものを求めるのはあんまりだというのも、むべなるかなと言ったところですが。
マーニ様の名が出たからか、伯爵はマーニ様へと顔を向ける。
「マーニ様!」
「僕……?」
マーニ様は突然伯爵から矛先が向いて困惑している。
伯爵は唾を飛ばしながら必死に捲し立てた。
「貴方だって公爵が憎いはずだ! コルネリウスの者はずっと公爵たちに付け狙われて、陰謀の果てに殺されてきたでしょう! 父や兄妹の仇を取りたいとは思わないのですか!」
どうやら伯爵はマーニ様の情に訴える作戦へと切り替えたようでした。もしくは必死になり、自分は悪くないと思い込みたいのかもしれません。
「護衛騎士を討とうとしたことは、くっ……! 詫びましょう。ですが、貴方なら私の気持ちが分かるはずだ、そうでしょう?!」
伯爵は、悔しいのでしょう。
歯を食いしばる。
歯がギシリと軋む音がし、相当力がかかっていると見えた。
そこまでして同意を求められながら、マーニ様は肯定も否定もしない。
ただじっと伯爵が吐き出す言葉に耳を傾けている。
「貴方の兄、ソール・コルネリウスは素晴らしい為政者になるはずだった! スケラ大公だって彼ならばその座を譲ったはずです! けれど、公爵共の手で……っ!」
マーニ様の兄、ソール様は公爵共に殺された。
私もソール様のことが好ましかった。マーニ様にとても優しくしてくださっていたので。
きっとソール様もよい為政者の資質があったはずです。
いまこの場においては、伯爵の言うことに偽りはありませんでした。
「どうか私の手をその御手で取ってはいただけませんか。もはや、私は従者のいないただの一人の男です。哀れな男です。ですから、どうか、どうか……」
そして、頭を下げる。
まるで腹を向け媚びる犬のように、伯爵はマーニ様に平伏してみせる。
「……マーニ様」
私は心配になって声をかけてしまう。
マーニ様はお優しい。
乞われてしまえば頷いてしまうのではないか。
マーニ様がどんな決断をしようと私は尊重したい。
けれど、おそらく伯爵を生かしておいていいことは、きっと何一つとしてない。
ですが、私の心配を他所に。
マーニ様は己が胸に手を当てながら目を瞑ってじっと考え込んでいました。
そして、意を決してか目を見開き一歩前に出たのです。
それは、真実を打ち明けられたあの夜と同じ、決意のこもった眼でした。




