お花摘み①
初めて貴方様に会った時、こんなにか弱い生き物がいるのかと驚いたものでした。
体も虚弱、そしてか弱い自分を責め続けるそんな貴方様だからこそ、私は貴方様を愛おしく思ったのです。
いつしか貴方様にお仕えし守り抜くことこそが、私の生きる喜びとなりました。
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時刻は時計の針の頂点を越えて、真夜中と言ってよいでしょう。
街の喧騒も寝静まった頃、私ことハティは眠る街を闊歩する。
聖堂を中心としたこの教区は普段であれば長閑で、マーニ様が領地を出て一先ずの定住の地とするには相応しい都市でした。
なるべく人通りの少ない路地裏を歩き回る。
昼の喧騒が嘘のように静かで頼りになるのは月明かりばかり。
けれども、私にとってはそれで十分です。
空を見上げれば、今宵の夜は青い満月でした。
こんな夜には、ちょうどいい月夜というものです。
こんな殺戮の夜には。
気づいていました。私が屋敷を出た直後からすぐに私の後ろを尾けて来る者たちがいることに。生憎、狼というのは鼻が効くもので、追跡者がいればすぐに分かってしまうのです。
数は──四人か。
「ご機嫌よう。今宵はお花摘みにやって参りました」
私は追跡者に向かって振り返り彼らに恭しく礼をする。
本来はこのような敬語などマーニ様以外に口にしたくない。
あの方への礼儀が目減りしてしまうような気がして、ああ、なんと歯痒いことでしょう。
けれど、従者が不躾だと思われて仕舞えばあの方の評判に傷がつく。
それだけは避けたい。
どうせこの場にいる者すべて皆殺しにするその間だけであったとしても、許しがたいことでした。
追跡者たちは私に気づかれたと見るや否や、各々が得物を取り出した。
ナイフや剣。
私と同じ騎士か傭兵か。みな姿を隠すように外套を纏っているが、そんなところだろう。
武器を構える追跡者たちはせっかく私が先にご挨拶をしてやったというのに、皆一様に私を取り囲んで黙りこくっている。
いけませんね。礼儀を教えたくなってしまう。
私も腰に携えた剣の柄に手をかけた。
警戒しながらも、不躾な彼等に滔々と語り掛ける。
「私目は赤い花が好きなんです。ポインセチアとか綺麗でしょう?」
世間話をしてやってもやはり返答はない。
私は気にせず、続けた。
「今宵は赤い花をたくさん咲かせていただけると恐悦至極にございます」
私が言い終わりににっこりと微笑んだと同時に、追跡者の一人が私に向かって勢いよくナイフを突き出してくる。
おやおやなんともまあ。元気がよろしいことで。
野蛮なお返事だ。本当に、礼儀というものを知らないのらしい。
私は身を引くことで簡単にその初撃をいなした。
では、まず手始めに。
剣を鞘から振り抜くと同時に横に無造作に薙げば、先走った一人の頭がゴトリと地べたに弾んだ。
赤い血飛沫が崩れ落ちる首無し死体から噴水のように広がって、まるで赤い花弁が花開くようで。
この瞬間が、私はとても好きです。
「綺麗だと思いませんか? 赤い花は」
私は残る三人に向かってニッコリと笑う。
お花摘みは私の趣味でした。
「──っ」
追跡者たちが仲間の死に様に息を呑むのを感じた。
けれど、返答はやはりない。
「あら、がっかり。やっぱり分かっていただけませんか」
マーニ様の外敵を摘み取ったこの高揚感は、他の誰にも分からないのでしょうね。
まあ、敵だから当然ですか。
「主人の命で、独りで戦うとはご苦労なことだ」
ようやく追跡者のうちの一人が口を開いた。四人の中で一番大柄で、一番腕が立ちそうな長剣を構えた虎の男です。構えた剣の先がブレていない。剣の腕はありそうです。彼が大将といったところでしょうか。
ただ、彼には少し誤解があるようだった。
「いえいえ、私目のお花摘みは趣味なんですよ。マーニ様はお望みにならないでしょうから」
そう。マーニ様は何もご存知にならない。
きっと今頃、屋敷でお休みになられていることだろう。
私は全てのことを秘密裏に済ますつもりでした。
「マーニ様はお優しいのです。たとえ自らの敵であっても傷つけてしまえばマーニ様の方が余計に傷ついてしまう。そんなか弱いマーニ様はとても愛らしいでしょう? ですから、私目がマーニ様を害するお花たちを先に摘んでしまおう。ただそれだけなのですよ」
きっと、彼らにはどれだけ説いたとしてもマーニ様のことなど理解に及ばないのでしょうけれど。ただ、こうして語ることで自ずから降伏し、もう二度とマーニ様を害さないのであれば見逃す機会を与えてやってもいいと思ってはいるのです。
ま、そんなことは十中八九ないのでしょうけれど。
「マーニ様には長閑に暮らしてもらいたいのです。きっとお優しいマーニ様にはそれがいい。それを邪魔するのであれば、ええ、やはり貴方方にはお花になってもらうべきなのでしょうね」
先程の仲間の死に様を見たからか、残る三人はこちらの出方を伺うばかりでした。
ふむ、ならば、お望み通りこちらから。
私はニコリと笑って殺気を隠す。自然に歩くように追跡者達との距離を縮める。
そして、腕の力を抜き鞭のようにしならせる。
力は要らない。
速さを研ぎ澄まし、骨と骨の間に刀身を滑らせる。
「──あえ?」
一人はおそらく何が起こったかも分からないまま胴体から真っ二つに分かたれた。
直に出血多量で死ぬでしょう。いえ、その前に痛みでのショック死でしょうか。
まあ、どちらでもいいですが。
さて、次。
返す刀で、もう一人へそのまま切り掛かる。
袈裟に切り裂く斬撃は、しかし、剣によって受け止められる。
見れば、歯を食いしばり必死の形相で私の一撃を受け止めたようでした。
「──ッ!」
おや、これは予想外。
死にたくないという意思が成せる所業でしょうか。
ならば。
私は剣の一振りを受け止めたその剣に目掛けて、間断なくもう一度剣を振り下ろす。今度は全身全霊体重をかけて一点に力を集中させて、全力で。
一度攻撃を受け止めたその刺客はもう一度攻撃を受け止めようとして、──受け止めるんじゃなくて避けなければいけないのに──案の定、剣の防御ごと頭をかち割られひしゃげた頭から赤い花を咲かせた。
体重をかけた剣の一撃を頭上に構えた剣で受け止められるわけがない。
死にたくない思いが先行し受けに回った時点で負けでした。
三人と戦ったというよりは一対一を三回素早く済まし、残る敵へと視線を向ける。
「化け物め……!」
視線の先で、あっという間に四人が一人になってしまった虎の剣士が、憎々しげに顔を歪めている。向こうの連携が取れればもう少し苦戦したやもしれませんが、雇われた烏合の衆なのでしょうね。
心中お察しいたしますが、随分な物言いですね。
手を出してきたのはそちらからなのに。
「化け物だなんて滅相もございません。私目はマーニ様に優しくしてくださる方、事情がある方でしたら摘み取ったり致しません。私目はただの鏡でございます」
そう。マーニ様の外敵をお花摘みすることに高揚を覚えるけれど、別に人殺し自体が楽しいわけではないのです。
誰もマーニ様を傷つけないのであれば、元よりこんなことをしなくて良いのですから。
「貴方たちが赤い花を咲かせるのは、ひとえに他人を害そうなどと思い上がったからですよ」
私はニッコリ笑って、予備動作なしの【無拍子】で虎の剣士の腹を蹴り上げる。
「な──!? ガハッ」
剣撃を想定し構えていたであろう虎の剣士は、驚愕の表情を浮かべた後、苦悶に顔を歪めた。
剣の腕が立ちそうだったものですから、こちらの方が手っ取り早いと思ったのですけど、正解でしたね。
私の作り笑顔や会話、剣の構えの視線誘導に引っ掛かってくれてよかった。
手だれほど、この手の手品に弱いものです。
筋肉や体捌きの微細な予備動作や殺気が読める達人ほど、予備動作を誤認させれば対処ができない。
鳩尾をドゴッという音が立つほどの威力で蹴り上げられた虎の剣士は、一瞬宙に浮いて、それから地べたに全身をうちつけた。
握っていた剣は無情にも手から離れて地べたを滑っていく。
勝負はもうついていました。
急所を蹴り上げられ、胎児のように丸まりながら悶えて反射で咳き込む虎の剣士の体を足で転がす。仰向けにしてそのまま肩を踏みつけて、身動きを取れなくしてやった。
トドメを刺さなければいけない。
「マーニ様ではなく私のことならば地獄の底で恨んでも構いませんよ」
その手向けの言葉はマーニ様の敵に対する私なりのせめてもの情でした。
この者たちも上から命じられてここにいるのですから。
マーニ様を狙うのであれば摘み取るのは変わらないのですけれど。
私は剣の柄を両手で逆手に握った。
「待──」
咳き込んでいた虎の剣士は慌てるように私に手を伸ばすが、もう遅い。
「それでは、ごきげんよう」
最後の一人の顔に、私はニッコリ微笑んで剣を突き立てた。
⭐︎ ⭐︎ ⭐︎
血の滴る剣を振って、血を落とす。
一振り空を切り裂けば、刀身は銀の刃を取り戻した。
私は満足して鞘に剣を納める。
剣はいいとして。
せっかくマーニ様がいつもよく褒めてくださる私の銀の髪も、騎士服も全て血に塗れていた。
湯浴みをしなければならなかった。
赤い花はとても綺麗だけれど、体が汚れてしまうのは困りモノでした。
けれど、まあしょうがないことでしょう。
命を奪っておいて身綺麗なままでいたいなどと、烏滸がましいことを願うほど高慢なつもりはございません。




