城館攻略戦②
城門すぐ側の詰所にて鍵を使い、無事に門の仕掛けを解除して来ました。
さて、城門を潜る前に装備の確認をする。
愛用の片手剣の他、騎士服の袖にナイフが仕込まれている。
投函用の投げナイフ。
マーニ様と共に出陣するにあたり、私一人でマーニ様をカバーするには剣一つではどうしても手数と遠距離狙撃がネックでした。が、それをカバーするためのものです。
マーニ様を欲しがる革命派と戦う際はマーニ様を守ることをそこまで気にしなくてもいいのですが、万が一があるとも限りませんから。
装備の確認を終えた私は、仕掛けが解けている城門を押し開く。
重い門を背で押す。それにマーニ様が続いた。
私一人でも開けられるというのに、マーニ様が何も言わずとも共に並んで一生懸命に門を押してくださるものですから、つい微笑ましくなって「ふふふ」と笑いそうになってしまう。
いけないいけない、気を引き締めないと。
二人が通り抜けられるスペースが出来次第、二人で身を滑り込ませる。そして、城門を閉じておく。逃げる際には開いていた方が便利ですが、そもそも侵入者がいることを悟られない方がいいものですから、なるべく元に戻しておく。
門を抜けた先には、立派な前庭と館がありました。
前庭の生垣はよく手入れされていて、まるで人工物のように四角くならされている。いい庭師がいるのでしょう。
石畳が敷き詰められた歩道も綺麗に整備されている。
「(前庭には警備の者がいないね)」
マーニ様が小声で漏らす通り、前庭には警備の者はいない。
それもあって、静寂が辺りを包み込んでいる。
普通、こういう場所ですと巡回する衛兵がいるものですが……。
「(この前ここのお抱えの騎士団は全滅させましたし、人手が足りていないのかもしれませんね)」
口にするのは、楽観的な方。
マーニ様に要らぬ気苦労をかけさせたくはない。
けれど、こういう敵陣において静かすぎる時というのは、大体罠だ。
私は警戒を怠らず、周囲を注意しながら前庭を突き進む。
とうとう何事もなく、前庭を抜け館の扉の前にやってきてしまった。
確実に、誘い込まれている。
扉に耳を押し当てて、中の物音を探る。
──何も聞こえない。
これ以上、中を探る手立てはない。
覚悟を決めなければいけないようでした。
意を決して館の扉に手を掛ける。
「(先に行きます)」
「(うん、気をつけて)」
一言声をかけてマーニ様が頷いてくださるのを見届けてから、扉をそっと開き中へと押し入る。
「これはこれは、こんな夜更けにお客様がご来訪とは」
私が身を滑り込ませた瞬間──、声が降ってくる。
やはり、罠か。
舌で管を巻きながら、辺りを伺う。
館の内部は、広い。
暗がりながら月明かりがよく差し込む大きな窓に、豪奢な絨毯の敷かれたやけに広い玄関ホール。 正面に伸びる二階へと続く階段には踊り場があり、そこには大柄な全身鎧の男がバスタードソードを床に突き立て待ち構えていた。
それだけじゃありません。
踊り場から左右に連なる階段を抜けたその先、二階部分には手すり越しに軽装の兵士たちがいくつもの銃口をこちらに向けている。
見事なまでに、待ち構えられていました。
最初からここで私たちを迎え撃つ算段でいたのでしょう。
「おや、もしかしなくとも貴方様はマーニ様の護衛騎士ではいらっしゃいませんか? マーニ様、まさか貴方様からお会いしにきてくださるとは……、どうぞマーニ様も入って来てください。マーニ様もいらっしゃるのでしょう? お話がしとうございます」
声の主は、踊り場の上から声を発しているようでした。
甘ったるく作った猫撫で声に私が顔を顰めながら視線を走らせると、そこに、いた。
小太りの、寝巻きなのか刺繍が施されたガウンを身に纏っている男。
それがこの館の主、そして、革命派の最後の首魁。
──ハインリヒ・フォン・ゼッケンシュタイン伯爵。
いつぞやの私が切り伏せた馬鹿貴族の父親でした。
伯爵は、全て分かっているようでした。
ならば、扉の陰に控えていてもしょうがないとマーニ様も後ろの扉から入ってくる。
「歓待の用意はできているご様子ですね」
銃口を一斉に向けている兵たちへと視線を向けながら、マーニ様がまずは一言。
「ああ、これは失礼いたしました。お前たち、マーニ様に銃を向けるなぞ不敬であるぞ」
伯爵が手を挙げると一斉に、兵たちが銃口を下ろした。
一先ず、会話をしたいと言うのは嘘ではないようです。
「ハインリヒ・フォン・ゼッケンシュタイン伯爵、ですね。こんな夜分に申し訳ありません」
「いえいえ、マーニ様に私なぞの名前をお知りいただけているとは光栄でございます」
伯爵はニコニコと謙遜するが、わざわざ襲撃しに来ているのだ。標的の名前を知らないわけもあるまいに。わざとらしい謙遜に苛つきながらも私は言うことがあった。
「貴方のご子息と、騎士団のほとんどを殺したのは私ですから」
そう。相手からすれば、私は仇なのだ、と。
私は自ずから明かす。
全て分かっているのでしょうし、隠していてもしょうがありません。
「ハティ……」
マーニ様が心配そうに声を漏らすが、私は「大丈夫です」と、マーニ様を手で制した。
「そうでしたか。……息子の最期はどうでしたか。首を掻き切られていたそうですが」
やはり息子の最期が気に掛かるのらしい。
それぐらいであれば、応じるつもりはある。
「……マーニ様を革命の御旗にしたいとそうおっしゃっておられましたよ」
「ですが、袖を振られてしまった、と」
「ええ」
「そうですか、それはそれは……」
伯爵は、胸に手をやり「ピエール……」と呟いた。
悼んでいるのだろう。
しばらく時間をとって、十分に追悼する時間を設けてからマーニ様は口を開いた。
「フォン・ゼッケンシュタイン伯爵殿」
「はい、なんでしょう?」
「今宵、私共がやってきた御理由お分かりですよね」
マーニ様は、率直に本題に入る。
「ええ、勿論でございますとも。革命をお止めになさるつもりなのでしょう?」
「ええ」
マーニ様は頷く。
伯爵は、やはり全て分かっているようでした。
「ですが、なぜでしょう? 革命が成功した暁には、貴方は本来のこの国の王として返り咲くことができるのですよ。悪い話ではないと思いますが」
伯爵は悪い話ではないと決めつけるが、マーニ様は王位などに興味はありません。
マーニ様は、キッパリとその提言を跳ね除ける。
「この国の今が、平穏だからです」
そして、首を横に振りながら続けた。
「今、革命など起こしてしまえば、民に必ず戦禍の火の粉が降り注ぎます。それは到底看過できません」
もはや王族でも公爵ですらないのに、マーニ様は民を慮っていた。
それは間違いなく、マーニ様に受け継がれた王の資質でした。
「マーニ様は民のことを慮っていらっしゃる。なら尚のこと王に相応しいのではないかと思いますがね」
それについては、私も同感です。
マーニ様ならば、きっとよい王になられる。
配下である私の手を掬い取ってくださったマーニ様ならば、きっと。
けれど、マーニ様が王になるつもりはないのなら、私はその選択を守ってみせる。
「逆に尋ねてもよろしいでしょうか」
今度は、マーニ様が伯爵に向かって尋ねる番でした。
「ええ、どうぞマーニ様」
「なぜ貴方たちは革命を志すに至ったのですか」
これまでは、私が夜闇に紛れ奇襲をかけるという公爵仕草であっという間に始末をつけていたものですから、こうして革命派の人間から話を聞くのは初めてでした。
伯爵は、「ふむ」と顎を擦りながら滔々と語り出します。
「……コーレリア大公国というのは、都市国家です。中央に大都市を築き、そこを公爵が分割領有し、その他は中央に沿うようにそれぞれの領地を展開しています。我々、フォン・ゼッケンシュタイン家は大都市を取り巻くこの田園地帯の一帯を所有しております」
そう、フォン・ゼッケンシュタイン家というのは名家だ。
中央に座する公爵ではない。けれど、その領土は幅広いものがある。多くの山林を抱え豊穣なる土地を持つ、フォン・ゼッケンシュタイン家が革命を志したのは、何故か。
伯爵が、続ける。
「この土地は我々がフォンという名を戴く通り、コーレリアが成り立つ前から所有しているのです。たまさか、祖先が初代王ボゴテンシスに近しかったというだけで公爵の地位にありつき、王の子孫であるコルネリウスの者に弓引く今の者たちよりよほど、高貴な血統であるのですよ。
────だというのに!!」
急に豹変し、伯爵は声を荒げた。
よほど、公爵どもに鬱憤が溜まってると見える。
「公爵の者はと言えば、与えられることに慣れ、まるで自らが王であるかのように『貴様らはただ農作物さえ献上してさえいれば良いのだ』などと宣うばかり。私や他の地方領主を家来だとでも思い違いをしているのです! 我々の領土が提供する農作物がなければみな生きてゆけないというのに……!」
怨嗟の声がまるで練習でもしていたかのようにスムーズにベラベラベラベラと吐き出されていく。
それだけ常日頃から、同じことを思っている証左でしょうか。
「であれば、私どもコルネリウスも恨みの対象かと思うのですが……」
圧倒されながらも、マーニ様が率直な疑問を口に挟みました。
マーニ様は公爵の位を返上したけれど、元は公爵の者ですから真っ当な疑問でした。
「いえいえ、コルネリウスの者には正当性がありますので。それに先祖代々コルネリウスの者の悪い話は聞いたことがございません。さすが正統王位継承者の一族であらせられます」
ああ、それには理由があるのですけれど、どうやら伯爵はそこまでは知らないのらしい。
さて。
「お分かりいただけましたか」
どうやらこれで革命を志した説明は終わりのようでした。
マーニ様は困った顔をしている。
理由が分かったところで、はいと頷ける訳もないのですから。
「ええまあ、革命を起こしたい動機は分かりました」
「ですが、協力はできない、と」
「ええ」
「そうですか、それはそれは……」
残念そうにしながらも、伯爵は不穏な笑みを絶やさない。
納得はしていない、のでしょうね。
「革命を諦めていただくことはできませんか」
マーニ様は、説得を試みる。
話し合いで済むのなら済ましたいのです。
たとえほぼほぼ説得が無駄で終わるとしても。
マーニ様は、本当は殺しなどしたくないのですから。
「それは無理なお話ですね」
案の定、伯爵は首を横に振る。
交渉は決裂だ。
けれども、マーニ様はなおも懸命に言葉を重ねた。
「もう貴方以外の革命派は残っておりませんし、貴方の騎士団もほぼ壊滅状態でしょう。これでは革命などできるわけが──」
マーニ様の言葉を途中で手で遮って、伯爵は告げる。
「いいえ、コーレリアという都市国家の性質上、必ず地方領主と中央の公爵のわだかまりというのは生まれるものです。役割がそうさせるのです」
役割。
そう、マーニ様が血によって他の侯爵から狙われるように。
本人の意思に関わらず、背負わなければならないことがある。
「もし仮に私が潰えても代わりのものはいずれ立ち上がることでしょう。この国がコーレリアである限り、分断と憎しみは生まれ続けるのです」
それは、真実なのかもしれません。
この国が、コーレリアである限り。
マーニ様が、コルネリウスである限り。
呪われた運命は変わらない。
けれど、だからと言ってそのまま抗わないでいる理由にはならない。
そういう意味では、マーニ様と伯爵は同じなのかもしれませんでした。
道は違えども、運命に抗っているという点において。
「それに兵士など農作物のようにまた作れば良いのです。生産することに関しては我々地方領主には一家言ありますので」
伯爵は自信たっぷりに言ってのける。
私兵の大半を失っているというのに、この余裕。
それは、フォン・ゼッケンシュタインが連綿と繋いできたものに裏打ちされたものなのでしょう。
地方領主として蔑まれるには値しないものがあった。
「では、お話はここまでです。マーニ様のお身柄を拘束させていただきたく存じます。また仲間が募るまで、それまで共に待つことにいたしましょう?」
革命を諦めることを諦めろとでも言うように、伯爵はニコリと笑う。
伯爵が醸し出した敵意に連動して、兵が一斉に私へと銃口を向けた。
マーニ様は、私に命を下す。
「ハティ、お願い」
その一言だけでよかった。
「もとより、私は貴方様だけの剣です」
その言葉と同時に駆け出す。
それが開戦の狼煙となりました。




