月王子は夢を見る。①
夢を見ていた。
僕ことマーニ・コルネリウスは、幼少期に慣れ親しんだ屋敷のその自室、本棚に囲まれている。身に余るほどの大きなベッドのその上で、赤い金の刺繍が縫いつけられた布団と毛布に身を包まれて上半身だけを起こしていた。
幼少期に慣れ親しんだ光景に合わせたのか僕自身の体も幼少期のものだ。
けれど、一つだけ特異なものが存在していた。
「マーニは貴族同士の血みどろの争いなんてしなくていいんだからな」
白の騎士服に身を包み絹糸のような金髪を垂らした美丈夫が、僕にそう笑いかけてくる。そのブロンドが窓の昼の日差しに煌めいている。
僕の従者である銀狼のハティと比べても見劣りしない彼は、実の兄だった。
実際、これが夢だと気付いたのは、兄様が目の前にいるからだった。
兄様──ソール・コルネリウスはずっとずっと前に事故で亡くなっていたから。
本当であれば、コルネリウスの党首を継ぐべきであった人。
「マーニはコルネリウスの責任なんか背負わなくていい。そういうのは俺がやるからな」
ソール兄様は僕に向かって微笑んで、ベッドで身を起こしている僕の頭を撫でた。
兄様は、僕と出会うたびに頭を撫でてくれた。そして、いつもなにも心配することはないと優しい言葉をかけて去っていくのだった。
本来、貴族の兄弟は敵同士、家柄を奪い合うもの。
だけれど、兄様は僕をいつも可愛がって気にかけてくれていたように思う。
それは僕が虚弱児で歯牙にかける必要もない存在だからなのだろうと思っていた。でも、それだけではなかったのかもしれない。
僕は、コルネリウスの血の宿痾を知ってしまった。
ノブレス・オブリージュを唱え、公爵の貴族でありながら自らも騎士足らんとする兄様は、立派なコルネリウスの党首になるはずだった。
けれど、そうはならなかった。
コルネリウスの者は、他家の公爵の者から命を狙われてきた。
そして、ソール兄様はその毒牙にかかった。
「じゃあ、行ってくるよ。お土産に戯曲集買ってくるから楽しみにするんだよ」
ソール兄様は最後に僕に手を小さく振ると踵を返して行ってしまう。
その大きな背中が徐々に小さくなっていくのを見て、僕はハッと気づく。
そうだ。僕が見たソール兄様の最後の姿は、こうだった。
ソール兄様は僕に戯曲集を買ってくると言い残し、出掛けた先で亡くなった。
「あ──」
気づいた時には、ソール兄様の手はドアノブにかかっていて。
行ってしまう。
扉を開けて、いまにもソール兄様が出ていこうとしている。
これは夢だ。夢だと分かっている。
けど、どうにかして引き留めたくて手を伸ばす。でも、声が出ない。
それでも、振り絞る。
夢の重力の中、記憶の枷に逆らって必死に存在の全てを込めて反発する。
けれど、
「兄様!」
僕が手を伸ばし声を出せたのは、すっかりソール兄様の後ろ姿が扉の陰に見えなくなってしまった後だった。
そして、もう終わりだとでも言うように扉がバタンと大きな音を立てて閉じる。
僕が手を伸ばしたその先に、もうソール兄様の後ろ姿はなかった。




