第77話 こだわり
俺は、さらに細部のクオリティを上げていく。
イラストの良さは、細部に宿る。今回のイラストは、あのライブシーンの一部を切り取って、俺なりの解釈を加えて、場面を再構築していったものだ。サイリウムの光、舞台の照明、彼女の瞳の潤いと反射。
本物の舞台で、みすずがパフォーマンスをしているところを思い浮かべて、光の加減や影、色合いを調整していく。
サイリウムは、みすずの推し色を基軸にして、あの一瞬で他の人のファンも虜にしたことを考えれば、推し色のサイリウムを用意していないファンだって多くいるはず。
今回のイベントは、完全にオンライン限定だったので、実際に会場にサイリウムを持った人はいなかった。でも、ファンやみすずたちには、そのヴァーチャルな世界が本物だった。
だから、俺はこのファンアートを描くことで、ヴァーチャルな世界を現実にしようと思っている。俺たちは、あの画面越しで、現実を感じていた。ヴァーチャルな存在であるはずのVチューバーは、矛盾しているけど、リアルにも存在している。
「すごい……」
背中の方から、しずかの声が聞こえた。
その言葉に、俺は現実に引き戻された。時計を見ると、イベントから半日以上経過している。
振り返ると、泣き崩れたような姿勢になっている彼女がいた。
「しずか?」
俺は、力弱くそう問いかけた。集中しすぎて、ここがどこだがよくわからなくなっている。さらに、ぶっ続けで作業していたことで、疲労感もある。
「うん……センパイ、すごいよ。まだ、イベントから1日も経ってないのに、描いてくれたの?」
彼女は必死に泣くのを我慢しているような、口調だった。
「ああ、負けちゃったからな。みすずの舞台が、すごすぎたから、熱にうなされるよう描いちゃった。まだ、粗削りだけど、結構、気持ちを込めることができたと思うんだけど……どうかな?」
「うん……うんっ……最高のファンアートだよ、ありがとっ……」
そして、それを言い終わると、しずかは泣きじゃくり始めてしまった。
俺はゆっくりと、しずかを抱きしめる。
甘い香りと、やわらかく折れてしまいそうな体をできる限り優しく抱きしめた。
「ありがとうな、みすずの……しずかのおかげで、また、戻ってこれたよ」
「うん、大事なことを言ってなかったね。おかえりなさい、センパイっ!!」
そして、俺たちは本当の意味で、キスをした。




