第76話 ファンアート
「今、何時だ」
俺は、いつの間にか登っていた太陽に語りかける。目がぎらぎらしている。朝日がとても沁みる。集中したら、時間は一瞬で溶けてしまう。昔からの悪い癖だ。
パソコンデスクの近くの目覚まし時計は、朝8時を指していた。ほとんどぶっ続けで、作業していたことになる。
たしか、イベントが終わったのは21時だったから、約11時間か。
久しぶりに書いたイラストは、ブランクのせいもあって、全盛期のクオリティにはほど遠い完成度だ。
実際、1枚の絵に数日かけることもザラな世界だから、まだ半日程度の作業時間ならどうしても荒削りになる。だけど、自分でも認めてしまうほど、熱にうなされて描くことができた。
自分の心から好きという気持ちを1枚の絵に込めることはできていると思う。クオリティや技術面では、まだまだ勘を取り戻することはできていないと思うけど……
今まで書いたイラストの中でも、一番気持ちをのせて描くことはできたと自負できる。ここから、さらにクオリティをあげたい。
もっと、できるはずだ。
みすずのすごさを絵に込めるためには、まだ時間が足りない。
あんなに嫌がっていた創作の狂気は、ドンドン深くなっていく。集中すればするほど、時間は溶けていく。
部屋の中の狂気は、深淵のような深さにまで達してしまう。
そして、意識はまた深潭へと落ちていく。
※
センパイから連絡が来ない。部屋の方を見ても、ずっとカーテンが締まっていて、部屋の様子がわからない。嫌な予感がする。センパイがインターネットの世界で頑張っていた時は、大げさでもなく、命を削るような活動をしていた。
もしかして……と思いながら、私は彼の家に走った。やっぱり、おじさん・おばさんたちは、留守だ。こんな時は危ない。
「きっとここにある」
庭の植木鉢の下というわかりやすい場所に、家の鍵は隠してあった。昔と同じ場所だ。
よかった。
私は少しだけ罪悪感を抱きながら、玄関のカギを開ける。
物音は一切しない。
私は階段を登って、彼の部屋に向かう。本来ならためらうべきところだけど、心配だから……と、彼の部屋を開いた。
そこには、一心不乱に画面を見つめるセンパイがいた。
まるで、静謐な森の寺院の中にいるかのように、ただセンパイが出すわずかな音だけがそこにはあった。
私は、その世界を壊さないように、しずかに彼の背中へと近づいた。
画面いっぱいに私の……みすずの絵が描かれている。
昨日の舞台衣装で、手にはマイクを持って、目に涙を浮かべながら、佇んでいる私が、そこにはいた。




