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第46話 幼馴染と恋人になるには

 夕闇が完全に街を包んでいた。結局、6時間もカラオケにいた。

 さっきまでの喧騒は嘘のように、閑静な住宅街には俺たちくらいしかいなくなっていく。


「ふたりきりですね」


「あんまり帰り遅くなるなよ、俺といないときは」


「えっ、心配してくれるの?」


「そりゃあ、そうだろ。もし、厄介なファンに家でも特定されたら大変だ」


「うん。でも、センパイがいるから、大丈夫だよ?」

 あまり期待されても困るんだけどな。俺は、ただの帰宅部で、バイトでたまに肉体労働するくらいのレベルだ。肉体労働って言ってもレジ打ちや品出しくらいで……


「ああ、だから、できる限り俺から離れるなよ」

 でも、そんなことは口にしない。それを口にすれば、しずかを怖がらせてしまうだけだ。


「ねぇ、センパイ? 手、つなぎましょうか?」


「ん? あれは次の下校の時だろ? それに自転車も……」


「そうですけど……私たちじゃ、絶対に緊張しちゃって、皆の前で手なんて握れないでしょ? だから、これはその練習です。自転車は片手で頑張って支えてください!!」


「練習?」


「皆の前で手を繋ぐ練習だよ。一回手を繋いでおけば、ハードルは下がるでしょ?」


「まぁ、小さい頃なら、数えきれないほど繋いでいたけどな」


 俺はそう軽口を叩きながら、あのころと今ではまるで意味が違うことを理解していた。これは、ある意味では遠回しの告白なんだと思う。いや、告白はすでに一回おこなわれている。「キスしよ」と言われて、俺が拒まなかった時点で、それは肯定と同じ意味を持っている。


 でも、お互いに好意を確認したものの、店員さんに阻まれたせいで、何の言葉も行為もできていない。つまり、今回の提案は、この前の告白を補完するためのもの。好意をなにかしら形で示して欲しいという提案だ。幼馴染が恋人になるには、今までの関係が逆に重くなる。両者を大事に思い過ぎているから、リスクを取れなくなる。


 だから、しずかは少しずつ関係を恋人に近づけていこうと考えているんだろう。幼馴染という関係から少しずつ恋人関係にシフトしていく。とても現実的な考え方だ。


 俺は少しだけ考え込み、そして、ゆっくりとしずかの手を取った。

 しずかは小さく「あっ」と声を発して、そして、恥ずかしいのかすこしうつむいた。


 誰もいないはずの道で、少しだけ青春の冒険をしているはずなのに、恐怖にも似たスリルを感じている。


 しずかは、何度か手を動かしている。おそらく、強く俺の手を握っていいのかどうかを考えているんだろう。俺は、あえてこちらから力をこめて、彼女の優しい指の感触を確かめる。それに呼応するかのように、しずかは俺の手に向かって力をこめた。


「じゃ、行きましょうか?」

 俺たちは、手を繋いで、帰路につく。片手で支えている自転車はやはり、どこか不安定だ。


 こうして、俺たちの自分探しの旅は、現実的な終着点におちついた。

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