第47話 夕食のお誘い
俺たちは、手を繋いでからはほとんど無言で歩いた。幼少期と同じように、一般的な手つなぎだが、今回はそれとはまるで別の意味を持っていた。
あのころは、ただ、お互いに離ればなれにならないようにする友情の握手みたいなものだが、今俺たちがやっているのはお互いの好意を確認する一種の儀式だ。それも、恋愛や大人の階段を登るために必要な……
昔とは、まるで違ってしまった行為を、よくふたりで歩いた道でやっている。ちょっとした背徳感と、そして、お互いが言葉にしなくても、お互いを好きであるとわかったことへの興奮に包まれているからだ。
「このまま、時間が止まってしまえばいいのに」
「まるで、ファウスト博士みたいなことを言う」
「懐かしいね。ふたりで昔読んだマンガ。原作は小説だっけ?」
「ゲーテの戯曲だな」
大悪魔によって若返った天才博士が、快楽の限りを尽くす話だ。原作は第一部と第二部に分かれていて、1000ページを超える大作。
俺たちが読んだのは、マンガの神様がリメイクしたやつだけどな。彼は、何度も『ファウスト』をマンガ化している。死の間際まで『ネオ・ファウスト』というマンガを書いており、彼がどんなに『ファウスト』に思い入れがあったかよくわかる。
「時よ、止まれ。汝はいかにも美しい」というのが原作に出てくる言葉で、実はマンガでは別の言葉に置き換わっている。
でも、俺はあえてここで原作の言葉を思い出した。このシチュエーションに一番ふさわしい言葉だったからな。
そして、俺たちの家に帰ってきてしまった。名残惜しそうに、しずかは指を離した。もう少し、しっかり手を握っておきたかったな。今頃になって、それを残念に思う。例えば……
「次は、指つなぎしてくださいね?」
指つなぎとかなと思っていたら、先に言われてしまった。
「さすがに、それは……」
「いいじゃないですか。センパイに悪い虫が寄り付かないように、しっかり主張しておきたいんです」
ここぞとばかりに独占欲満載のコメントを冗談気味にぶちこんできた。口元は笑っているけど、目は笑っていない。ガチだ。
俺が何か言おうかと悩んでいたところで、しずかの家のドアが開いた。
『あらあら、デート中だったかね? いっちゃん、久しぶり。しずかとふたりで遊んできたのかぁ。仲いいのは良いことだぁ』
懐かしい声が聞こえた。白髪の元気な老人がひょっこりと顔を出す。
「おばあちゃん!!」
しずかのばあちゃんだ。
「いっちゃん、今日はご両親留守なんだろぅ? よかったら、夕飯食べにきなぁ。久しぶりに、3人でご飯食おう」




