第44話 カラオケでイチャイチャ
そして、俺たちは駅前のカラオケに入る。ここで自分探しとは言い得て妙だな。ある意味、Vチューバ―オタクとしての原点に立ち返ることができる。実際、俺がVチューバ―にハマったのは、おもしろい切り抜きを見たことで、興味を持ったことが始まりだった。でも、それはあくまできっかけで、ここまで沼にハマることはなかったかもしれない。
いつもは芸人顔負けで、視聴者とプロレスをしたり、シュールストレミングやサソリを食べたりしているグループもいるが。歌枠やASMRなどの枠では、誰もがアイドルのように輝いている。
人を楽しませようと必死に練習や準備を重ねてきたことを披露されると、いつもとの落差でグッと来てしまうのだ。
それほど、Vチューバ―の歌枠やライブ、ASMRは危険だ。下手に近づけば、沼に一直線。もしそれが、配信ジャンキーみたいな人の沼だったら。
一生抜け出せなくなる。
実際、1カ月の累計配信時間が100時間を超える怪物が結構いる。
100時間と言えば、大長編RPGのクリア時間に匹敵する。それが毎月だ。時間なんて、FXに有り金全部ツッコむレベルで溶ける。
Vチューバ―の配信でも、最も魅力的に見える歌枠を生で見れる。これは飛ぶぞ!?
※
そして、一瞬のうちに1時間が消えていた。
「えっ!? センパイ、泣いてるの?」
あまりに、自分の理想が詰まった1時間ライブだ。泣かないわけがない。それも、この空間には、俺と推ししかいない。もう、脳内補完余裕でした。
「泣いてない」
「でも、完全に……」
ちなみに、俺は数曲歌っただけで、あとは聞きに徹していた。これ以上贅沢な休日の過ごし方はあるのか、いやない(反語)。
「深くは聞くな。今は余韻に浸らせてくれ」
「ちょっと、理解の範疇を超えてますね」
完全に引かれている。でも、一片の悔いなし。
「ちょっと、休憩。歌い続けて、少し疲れちゃった」
「なら、ドリンクバーでアイスでも……」
「ううん。センパイはそこに座ってて」
かなり、強めな圧を感じる。俺は、否応なしに固まる。
「そのまま、じっとしててね?」
そう言うと、首元に彼女の腕が回される。一瞬ぞわっとする。そのゆっくりとした動作が、逆に艶やかな感じですごくエッな感じ。
「やっと、捕まえた」
座っている俺を抱きしめるようにつかみこんで、足の上に座り込む。顔がキス寸前まで近づいた。お互いの吐息がくすぐったいくらいに近づく。
「お、おい」
「少しだけ、このままで、いちゃだめかな、一樹お兄ちゃん?」




